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2019年01月25日

有名歌人による短歌22選|有名な短歌に使われている技巧

日本語の美しさを味わえる芸術、それは短歌です。三十一文字にすべての想いを込めることで有名な短歌ですが、実は短い文の中に色々な技巧が使われています。有名歌人の作った短歌を参考に、どんな技巧や意味があるのかを見ていきましょう。

有名歌人による短歌22選|有名な短歌に使われている技巧

短歌とは

五、七、五、七、七のリズムで紡がれる三十一文字(みそひともじ)の芸術、それが短歌です。短歌はその短さの中にあらゆる想いをさまざまな技法で詰め込んだ、日本を代表する文学のジャンルと言えます。

そんな短歌ですが、決して古典文学などではありません。使われる言葉こそ今使われるものでないにせよ、現代でも有名な歌人は数多くいます。今回は有名な歌人をご紹介しましょう。

歴史

今現在「短歌」と称される形式のものは別名を和歌といい、『万葉集』の初期の作品にあるとされます。奈良時代の時点では長歌なるものが存在し、それに対して短歌として認識されていました。時代によって、長歌や漢詩などと区別するために短歌の言葉が使われています。

明治時代に短歌、といいますか和歌の世界にも革新が起こりました。風流さよりも個性もしくは自由を重んずるようになります。日本文学の変遷の中で短歌も変わりました。

種類

短歌にも種類が存在します。短歌の種類は自然や風景を詠んだ叙景歌、そのままの事実を詠った叙事歌、感情を込めた叙情歌に大別可能です。

植物を詠んだものを植物詠、四季を詠んだものを季節詠というなど、さらに細かい分類は対象物に対し「~詠」と称されます。

時代が下り昭和ともなると安保詠といった社会的なものまで登場し、盛んに詠まれました。

作者別の有名短歌22選

有名歌人による短歌22選|有名な短歌に使われている技巧
これから紹介する短歌は単なる娯楽ではありません。色々な想いがこもっており、技巧もふんだんに使われています。実際に有名な短歌とその作者を見ていきましょう。

日本人なら一度は聞いたことのある、そんな有名短歌とその作者にまつわる話もあります。

1:紫式部

短歌
めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に雲隠れにし夜半の月影

意味
見たのは月であったのかそれすらわからないうちに雲隠れした夜半の月。あなたはそれと同じくらいあっというまに帰ってしまったのね

出典: http://ogura100.macanow.com/poet/kazin057.html |
紫式部は『源氏物語』の作者として有名ですが、短歌にもひときわ秀でたものがあり三十六歌仙と呼ばれる歌い手たちの一人です。

この歌は、「せっかく昔の友達が来たのに、月が雲に隠れるのと同じくらい早く帰ってしまった」といった意味です。旧友がろくに話もできず帰ってしまった、「もっと話していたかった」「というか、友人は幻だったのだろうか」と寂しく感じる式部の気持ちが詠まれています。

2:小野小町

世界三大美女の一人とされる小野小町は、短歌を才知にも長けた才色兼備の代名詞でした。今でも看板娘や美人などを「~小町」と呼ぶことは多いです。

この歌は『百人一首』や『古今集』などに収録されています。小野小町を代表する最も有名な短歌です。

かつては男性が通い詰めるほどだった美貌も、年とともに衰えてしまったと嘆いていますが、掛詞を織り込むなど年を得てもなお華やかでますます技巧に磨きのかかった歌となっています。

花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに

【通訳】
花の色は褪せてしまったなあ。我が身を徒にこの世に置き、むなしく時を経る――春の長雨が降り続ける中、物思いに耽っていた、その間に。

出典: http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/ko... |

3:紀貫之

紀貫之は女性のふりをし、仮名を使った『土佐日記』を世に出したことで有名な歌人で、『古今和歌集』の選者の一人でもあります。

初瀬詣でに行った際、貫之はよく使っていた宿屋の主人から「最近来てくださいません。心変わりをなさったのですか」と言った趣旨の歌を送られました。その返事がこの短歌です。

「あなたはどうお考えかわからないけど私の気持ちは変わらないよ、この梅と同じ」と言った意味合いになります。

短歌
人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香に匂ひける
意味
人の心は変わりやすいものだから、今のあなたの気持ちは分かりません。しかし、この昔馴染みの里の梅だけは昔のままの懐かしい香りがします。

出典: http://ogura100.macanow.com/poet/kazin035.html |

4:清少納言

清少納言は『枕草子』などで知られる有名な女流歌人の一人です。『百人一首』の札では後ろ姿で描かれていますが、これは「後ろ向きに描くしかない」ほどに美しかった、或いは醜かったと言われるためです。

この歌に登場する函谷関とは古代中国の関署で、一番どりが鳴くと開くとされました。自分から逃げるように帰った男性に対し「騙されない」「簡単に心を許さない」という決意の表れです。かなりエネルギッシュな面が伺えます。

短歌
夜をこめて鳥のそら音ははかるともよに逢坂の関は許さじ
意味
夜の明けないうちに鳥の鳴き声をまねてだそうとしても、函谷関ならともかく、あなたとわたしの間の逢坂の関は決して通ることを許さないでしょう。

出典: http://ogura100.macanow.com/poet/kazin035.html |

5:藤原道綱母

藤原野道綱母(ふじわらのみちつなのはは)は、『蜻蛉日記』で知られる歌人で百人一首にも名を連ねます。藤原兼家と結婚しますが一夫多妻のこの時代、あまり寄らない夫を待って涙する日々も少なくありませんでした。

『蜻蛉日記』には、モテる男を夫にした女性の苦労がつづられています。この短歌は、久方ぶりに来た兼家を家に入れなかったことが原因で詠んだ歌でした。意地で入れなかったものの、それでも想っているとの意味です。

短歌
嘆きつつひとり寝る世の明くる間はいかに久しきものかとは知る
意味
あなたが来ないことを嘆きながら一人で寝る夜があけるまでの時間がどんなに長いものか、あなたにお分かりでしょうか、わからないでしょう。

出典: http://ogura100.macanow.com/poet/kazin053.html |

6:和泉式部

和泉式部は和歌の世界でもとくに有名で優秀な歌人、五歌仙の一人です。

恋多き女性だったとされており、冷泉天皇の皇子と身分違いの恋をして勘当を受けたこともありました。後に同じ天皇の弟に求愛されて、正妃が出家する原因にもなるほどの美女、才女ぶりを発揮しています。

この歌は亡くなる前に病床で読まれた短歌で、「もう死んでしまう私の、あの世での思い出としてあなたに一目お会いしたい」との意味です。

あらざらむ このよのほかの おもひでに いまひとたびの あふこともがな

出典: https://hyakunin.stardust31.com/51-75/56.html |

7:小式部内侍

小式部内侍は和泉式部の娘で、女房三十六歌仙と呼ばれる女性版三十六歌仙の一人です。

母の和泉式部は当時から有名歌人として名を馳せていました。小式部内侍は今でいう二世タレントに相当し、歌合せ(短歌を詠む大会)に参加する際「どうせお母さんに作ってもらうんでしょ?」とからかわれます。

しかし小式部内侍は才ある二世でした。速攻で複数の短歌の技巧が含まれたこの歌を作り母に劣らぬ才能を見せつけ相手を黙らせました。

短歌
大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天の橋立
意味
大江山を越えて、生野を通っていく道は遠いので、天の橋立の地を踏んでみたことはありませんし、まだ母からの手紙も見ていません

出典: http://ogura100.macanow.com/poet/kazin060.html |

8:伊勢

伊勢は三十六歌仙の一人で、恋の歌に関しては天下一品といわれた女流歌人です。

天皇を始めとする皇室関係者に愛されるなど容姿、教養、才覚に長けた女性でしたが、本人は常に移ろう男心に裏切られてきました。

この歌では自然物を例えに出し、「こんな短い期間でも会えないのか」との激しくも切ない心が詠まれています。

短歌
難波潟短き蘆のふしの間も逢はでこの世を過ぐしてよとや
意味
難波潟の芦の短い節のようなほんの短い間でさえあなたに会わずしてこのまま過ごしてゆけというのですか。

出典: http://ogura100.macanow.com/poet/kazin019.html |

9:平兼盛

平兼盛は三十六歌仙の一人で、五歌仙のメンバー、赤染衛門の父ではないかと言われています。この短歌は百人一首の中でもとくに有名な歌で、歌合せの時には壬生忠見が詠んだ歌と甲乙つけがたいとされました。

「忍ぶ」には耐えるとの意味もあります。想いを耐えて隠していたけれど、人に指摘されるほど強く想いが出てしまった時の気恥ずかしさなどが詠み込まれた、何だか初々しい短歌です。

短歌
忍ぶれど色に出でけりわが校は恋はものや思ふと人の問ふまで
意味
誰にも知られないように心に秘めてこいをしていたのだが、恋心が顔に出てしまったようだ。何か物思いをしているのですかと人に問われるほどに。

出典: http://ogura100.macanow.com/poet/kazin040.html |

10:在原業平

在原業平は平安時代でも有名な歌人であると同時にプレイボーイともされており、禁じられた恋にも身を投じたとされます。有名な悲恋物語もあるほどです。三十六歌仙の一人でもあります。

「ちはやぶる」は「神」にかかる枕詞です。この短歌では「神代」にかかっています。「からくれなゐ」とは鮮やかな赤のことで、「川が赤くなる」という表現は一見物騒に感じられますが、実は紅葉が川に浮かんだ、非常に風流な光景を詠んだ歌です。

短歌
ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは
意味
不思議なことが多かった神代にも効いたことがない。竜田川が美しく紅色にくくり染めにするなどということは

出典: http://ogura100.macanow.com/poet/kazin017.html |

11:菅原道真

菅原道真は学問の神様として有名ですが、武芸に優れた文武両道の人物でした。『百人一首』などでは「菅家」の名で知られますが、これは尊称です。

宇多上皇の行幸のお供をした際、「捧げものを忘れてしまった」というお上の失態が発覚します。上皇に対処を頼まれた時にこの歌は詠まれました。

「このたびは」の部分は「今回の旅」と「此度」をかけてあり、「今回は紅葉を捧げます」との意味を持ちます。技巧に優れた短歌です。

短歌
このたびは幣も取りあへず手向山紅葉の錦神のままに
意味
今回の旅は急なことだったので前もって(神に祈る時にささげる)幣(ぬさ)の準備もできませんでした。神よ、手向山の錦のように美しい紅葉を手向の幣として、御心のままにお受け取り下さい。

出典: http://ogura100.macanow.com/poet/kazin024.html |

12:権中納言定家

権中納言定家は元の名を藤原定家(ふじわらのさだいえ)と言い、『百人一首』の編纂者として有名です。

この歌は『百人一首』の中で選ばれた最後の歌でした。定家は自分の歌を入れようとしましたが、この歌は眼中になかったとされます。女房に話しかけた際、「自分の身を焦がすのと塩を焼くのを重ね合わせている点が素敵だ」と言われて最後の一首が決まりました。

松帆の「まつ」と「待つ」がかかっているのもポイントです。

短歌
来ぬ人を松帆の浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ
意味
いくら待っても来ない恋人を待つ私の身は、松帆の浦の夕凪の海辺で焼く藻塩のように、私の身は恋焦がれています。

出典: http://ogura100.macanow.com/poet/kazin097.html |

13:参議篁

参議篁、本名小野篁(おののたかむら)は、かの有名な美女、小野小町の祖父に当たる人物です。生身の人間ながら地獄で閻魔大王の補佐をしていた、超能力があったと言うトンデモ伝説でも有名な人でした。

それだけ優秀だったという篁ですが、遣唐使としてわたる際破損した船に乗せられそうになったことが元で抗議をし、それが嵯峨天皇の耳に届いたために2年間隠岐に島流しにされます。
その時の心情をつづったのがこの歌です。

短歌
わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人の釣船
意味
大海原に数多くの島々を縫うようにして舟を漕ぎ出して出て行ったと、都にいる恋しい人にだけは告げてくれよ、海人の釣り人よ

出典: http://ogura100.macanow.com/poet/kazin011.html |

14:清原元輔

清原元輔は清少納言の父親で、ひょうきんで興味深いエピソードを多数持った人物です。

そんな元輔ですが、この短歌はシリアスなムードが漂っています。男性の一人の女性に対する思いはあまり長続きしないとされますが、皆が皆、すぐに目移りをするわけではありません。男性目線での諦めきれない恋心が切なく胸に迫る歌です。

短歌
契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波越さじとは
意味
二人は固く約束しましたよね。おたがいに涙でぬれた袖を絞りながら、あの末の松山を決して波が越えないようにどんなことがあっても二人の仲はかわらないと

出典: http://ogura100.macanow.com/poet/kazin042.html |

15:大伴旅人

大伴旅人(たびと)は飛鳥、奈良時代の歌人で、『万葉集』に酒に関する歌が六分の一を占めるほどの酒好きだったとされます。大伴家持の父親としても有名です。

この短歌は最晩年、生まれ育った土地を想って詠まれました。飛鳥川は浅くなったのかな、見たいけど無理だろうな、そんな気持ちが伝わってくる歌です。

旅人の短歌は自由な印象で有名ですが、老いた身だからこそ感じるノスタルジー、それに伴う感情を詠んだ歌もあります。

しましくも行きて見てしか神なびの淵は浅にて瀬にかなるらむ
【通釈】
ほんのしばらくだけでも行って見てみたい。神奈備山の麓を流れる飛鳥川の淵は浅くなって瀬になっているのではないか。

出典: http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/ta... |

16:大伴家持

大伴家持は、『小倉百人一首』では中納言家持とも言い、同じく歌人として有名な旅人を父に持つ三十六歌仙の一人です。『万葉集』の編纂に関わっているとされています。

この歌は、冬の寒い夜に空を見上げて、天の川から織姫、彦星伝説に想いを馳せる情景を詠んだ短歌です。

かささぎの橋は七夕の夜に天の川にかかるものですが、家持はこれを宮中にある階段に見立てました。宮中は天界も同然なのでそう連想するのも無理はありません。

短歌
鵲の渡せる端に置く霜の白きを見れば寄るぞ更けにける
意味
天の川にかかるというかささぎの橋。その橋の霜で真っ白なのをみていると、すっかり夜もふけたのだなあ。

出典: http://ogura100.macanow.com/poet/kazin006.html |

17:斎藤茂吉

斎藤茂吉は、正岡子規の遺志を継いだ歌人により刊行された『アララギ』の中心人物として有名な歌人です。作家で医者の北杜夫を次男に持つなど、子供達も有名でした。茂吉は佐々木信綱の詩集を読んだのがきっかけで短歌の世界に入っています。

この短歌には字余り綴じ足らずの部分があり、その点がかえって見るものの目を惹きつける効果を持ちます。戦後を大石田という土地で過ごした茂吉にとって最上川は特別な川でした。

「最上川の上空にして残れるは いまだうつくしき虹の断片」
散歩をしていて、ふと最上川の上空を見たら、虹の切れ端が美しく残っていた。

出典: http://www.thr.mlit.go.jp/yamagata/river/enc/genre/02-rek... |

18:北原白秋

北原白秋は、『雨降り』や『ちゃっきり節』と言った童謡を書いたことでも有名な歌人です。この短歌は『邪宗門』という、特に有名な歌集の中に収録されています。

与謝野鉄幹、晶子夫妻をはじめとする歌人仲間と親しくなり、共に『明星』に詩を発表しました。そこからさらに視野短歌の交流が広まったとされます。

スキャンダルにまみれたりと波乱の多い人生ですが、この歌は優しくもどこか寂しい目線が垣間見える歌です。

石崖に 子ども七人 腰かけて 河豚を釣り居り 
夕焼け小焼け
      北原白秋(雲母集)
(いしがけに こどもしちにん こしかけて ふぐをつりおり ゆうやけこやけ)
詞書‥前庭小景
意味‥海岸の石崖には赤々と夕焼けが輝き、その石崖の上に子供が七人腰を掛けて、河豚を釣っている。

魚釣りに夢中になっている子供達は収穫があったのだろう。たくさん釣って家に持ち帰って、お母さんに自慢話をしようと思っているかもしれない。釣りは楽しだろうが、夕焼け小焼けで日が暮れて、山のお寺の鐘が鳴る…。

もう家に帰るころですよ。

出典: https://blogs.yahoo.co.jp/sakuramitih15/38793481.html |

19:正岡子規

正岡子規は近代俳句の祖として知られていますが、優れた短歌も多く詠んでいます。野球好きな一面もあり、バッターを打者、ピッチャーを投手と訳したことでも有名です。

色々と革新的な印象の強い子規は、若くして病床に伏せることになります。その中で目に見えるものを見たまま感じたままに詠みました。
この短歌もそうした歌の一首です。視覚的な要素が強く、病床にいながらも負けまいとする四季の気概が伝わります。

「くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる」
意訳:赤いバラの芽が二尺ほど伸び、まだ柔らかそうな針のうえに絹のような春雨がふっている

出典: https://syukatsulabo.jp/article/2139 |

20:与謝野晶子

与謝野晶子は浪漫派の歌人で、『源氏物語』の現代語訳を始め、女性の官能を詠い上げた革新的な人物です。夫の与謝野鉄幹とは道ならぬ関係から始まるなど、恋愛関係に奔放なように見えますが少しも作風にいやらしさはありません。

彼女の作品でも特に有名なこの短歌は僧侶に恋をした時の切なさを詠っています。戒律を言い訳に女性の体だけではなく心をも無視したように話を続ける、そんなあなたの本心はどうなのか、という意味です。

「やは肌の あつき血汐にふれも見でさびしからずや 道を説く君」
(熱くほてった肌に触れず人生を語り続けてばかりでは寂しいはず)

出典: https://r-ijin.com/yosano-akiko/ |

21:石川啄木

有名歌人による短歌22選|有名な短歌に使われている技巧
石川啄木は、明治時代を代表する有名な歌人です。26年間という短い生涯を太く短く生き抜いた中で『一握の砂』といった歌集に作品を乗せ世に送り出しました。

この短歌は『一握の砂』の中でも有名な歌の一つで、雄大な景色から始まり徐々に小さな蟹と泣きながら戯れる小さく孤独な自分という姿を描いています。

自然の中、しごく小さな個というものを感じさせる短歌と言ってもいいでしょう。

東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて
蟹とたわむる

《歌意》東海(とうかい)の小島(こじま)に小さな磯(いそ)がある。その磯の中にある砂地に腰をおろして私は泣きながらに蟹(かに)とたわむれている。

出典: http://d.hatena.ne.jp/kenshiro55/20110420/1303316169 |

22:俵万智

有名歌人による短歌22選|有名な短歌に使われている技巧
俵万知さんは、現代の短歌の名手です。古文体ではないのでわかりやすく、親しみやすいのが特徴の短歌を多く発表しています。

この短歌は『サラダ記念日』という歌集に載っており、かわいらしい世界観を構築しています。サラダを褒められた特別な日を作ってしまう、ちょっとした世界が愛らしい短歌です。

実際にはサラダではなかったなどの真相はありますが、この短歌の持つ爽快さや青春の息吹は変わらず人々を魅了します。

この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日

出典: https://tenki.jp/suppl/hiroyuki_koga/2016/07/05/13701.html |

有名な短歌に使われている技巧

有名歌人による短歌22選|有名な短歌に使われている技巧
短歌が素晴らしいのは、短い文章の中にも色々な技巧があるためです。古文の授業でもならった有名な短歌や歌人の作には、主に以下の技巧が使われています。

三十一文字に組みこまれた技巧の数々をご覧ください。そうすれば、より一層有名歌人の才能に感心することでしょう。

掛詞

掛詞とは、一つの言葉に複数の意味をかける技巧を示します。小式部内侍の歌にもあった「まだふみも見ず」の部分は「橋」に絡めて「踏み」と「文」をかけたものでした。
 
小野小町の歌の「ながめ」も「長雨」、「眺め」を表し、「ふる」は「雨が降る」と「年月が経る(ふる)」を掛けています。

こうしたテクニックを使用し、人々は歌合せや恋文などで恋心を巧みに表現しました。

縁語

縁語とは、連想される意味を持った複数の言葉を歌の中に読み込んだものを言います。

小式部内侍の歌で言えば「ふみ(踏み)」と「橋」です。橋は足で踏んで歩くので、この二つは縁語ということになります。

枕詞

枕詞とは、ある特定の言葉に関する一種の決まり文句とも言えるもので、その言葉にかかり、修飾する働きを持ちます。

有名な所では「たらちねの」が「母」にかかり、「あかねさす」が「君」や「日」「紫」などにかかる、といったところです。

基本的に五文字ですが時折六文字になることもあります。

有名な短歌には心惹かれる魅力がある

短歌とは、1000年以上も尽きることなく連綿と伝わる不思議な芸術です。ことに有名なものには、何だか共感できるものがあります。

この共感が短歌の魅力のひとつです。時代が変わっても人間の心、その根っこの部分は変わりません。技巧が細部が変わっても大まかなところな同じなのと一緒です。短歌とはそれを象徴する芸術と言えます。

有名な短歌はそれだけ心に共感を覚えさせる力を持った、後世に伝えられる心の宝です。

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