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2018年12月28日

明治時代の食事の再現レシピ8つ|明治時代の文化

初回公開日:2018年12月28日

更新日:2018年12月28日

記載されている内容は2018年12月28日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。

また、記事に記載されている情報は自己責任でご活用いただき、本記事の内容に関する事項については、専門家等に相談するようにしてください。

明治時代と聞くと文明開化の音がすると言葉にあるように、日本が大きく変わった時代であり、食事もこれまでとは違い大きく発展していきました。江戸時代から明治時代になり、どのようなものを食べていたのか、明治時代の食事について紹介します。ぜひ読んでみてください。

明治時代の食事の再現レシピ8つ|明治時代の文化
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明治時代の食事の特徴

明治時代は文明開化で知られているように、時代が変わり発展していく中、食事も大きく変化していきました。 時代の変化とともに西洋料理が日本に入ってきて食文化も様変わりして行きました。

明治初期と後期では食事も変わってきていますが、初期では庶民には西洋料理はなかなか口に入らず、庶民はまだ麦を主食にして、一汁一菜と質素倹約でしたが、後期に近づくにつれ食卓に上るようになりました。

よく食べられていたものは何?

明治時代では高価な白米はなかなか庶民の口には入らず麦ご飯を食べることが主流でした。現在ほど、食材も豊富ではない時代のため脚気などの病気を防ぐ意味もあったと言われています。

現在のように保温器がない時代のため、冷えると食べづらくなる麦は桜の花や油揚げなどを混ぜておいしく食べられるように工夫したり、夕食時は残った麦をお粥にして食べることが一般的でした。

明治時代の食事の再現レシピ8つ

明治時代の食事はどのようなものだったのでしょうか。 明治時代は時代の流れが大きく変わっていき、食事もそのときにいろいろと変わっていきました。

明治から創業されている有名なお店のものもあります。近くて遠い明治時代、知っているようで知らないこともたくさんあります。ここからはそのような明治時代に食べられていた人気の食事を紹介します。

1:牛鍋丼

明治時代の食事で一番有名なごちそうはなんと言っても牛鍋でしょう。明治時代でも牛は高級感で庶民の口にはなかなか入りませんでした。明治時代に入るまで日本人は牛を食べることがありませんでした。

その中でも牛鍋は物珍しさから流行しました。現代、すき焼きと呼ばれているものと同じです。すき焼きの名の由来は農耕具の鋤で牛肉を焼いたことからきているため、庶民の口にも入りやすいものでした。

牛鍋丼 レシピ
材料(二人分)
 牛小間切れ 200g
 タマネギ 1/2個(細切り)
 焼き豆腐 180g(半丁くらい)
 しらたき 100g(小さなパックくらい)
タレ
 白ワイン 200cc
 赤ワイン 大さじ2
 日本酒 大さじ2
 醤油 50cc
 砂糖 大さじ5
 塩 小さじ1
 コショウ 少々
 ショウガ 小さじ1(すり下ろし)
 ニンニク 小さじ1(すり下ろし)
 だしの素 小さじ1

作り方
1.鍋にタレの材料を混ぜ合わせて煮立てる
2.牛肉を加えて火が通ったらタマネギを加える
3.適当な長さに切ったしらたきと豆腐を加えて10分煮込む
4.火を止めて冷まし、食べる前に再度温めて完成

出典: http://www.recipe-blog.jp/profile/1459/blog/10676187 |

2:茶粥

明治時代の庶民の代表的な食事は麦が入ったご飯です。明治時代の初期では庶民は質素な食事でご飯と漬物、みそ汁を一日2、3食取るだけでした。その代わり米は平均5〜6杯は食べていました。

ただし、米のみの場合は栄養が足りず、麦も入れていましたが炊飯器などない時代、朝に炊いた麦ごはんは固くなっておいしくないため、夜に食べるときは茶粥にして、芋なども一緒に入れて食べていました。

【材料】2~3人分
米・・・・・1/2合
キヌア・・・・・大さじ1
水・・・・・1.2~1.5リットル
ほうじ茶パック・・・・・1つ

【作り方】
1、ほうじ茶を沸かす。ほうじ茶は茶葉を出汁パックに入れています。
ハブ茶があればおすすめだそう。
2、沸騰したらお米をとがずそのままとキヌアを入れ蓋をせず中~強火で17~18分加熱する。

出典: http://www.recipe-blog.jp/profile/36697/blog/13596693 |

3:黒砂糖のきなこいももち

いももちは明治時代の庶民の定番のおやつでした。当時、手に入りやすく腹持ちのよい芋は庶民にも親しまれ、子供のおやつにもよく作られました。 いももちはもともと、北の文化として伝わっていました。

現在、当たり前に食べられているじゃがいもも、明治期に北海道で農地開拓され作られたのが初めてといわれています。そこで作られたのがいももちでした。保存もきく芋はおやつやおかずに重宝しました。

【材料】
1. さつま芋(皮除く) 1本⇒正味170g
2. 切り餅 1枚⇒80g
3. 黒砂糖 大匙1と1/2
4. 醤油 小匙1/2
5. きな粉 適量

【作り方】調理時間:15〜30分
1.さつま芋は、輪切りにし、皮をむき、すぐに水につけ、さらしておく
2.①をぬれたまま耐熱皿にのせ、ラップをし、500W×5分ほど電子レンジで加熱する
3.②のさつま芋の上に
水をつけた餅をのせ、再びラップをし、500W×2分30秒ほど加熱し、餅が柔らかくなったか、確認する
4.ラップをはずし、
熱いうちに、黒砂糖と、醤油をかける
5.熱いうちに手早く
つぶし、混ぜ合わせる
6.手水をつけ、5~6cmの平たい円状にし、きな粉を入れた皿に
入れ、まぶしからめます
7.上品な甘さで、
柔らかいいももちです

出典: http://www.recipe-blog.jp/profile/90987/recipe/1053394 |

4:鶏すき焼き

鳥すき焼きは明治時代、庶民の町神田の(鳥すきやき ぼたん)で商品化され親しまれてきました。明治30年、鳥すき焼き専門店として神田にお店ができました。

庶民の町にできたお店のため近所の方はもちろん、現在では文豪と呼ばれる方までさまざまな人が来店しました。牛肉は高く庶民の口にはなかなか入らなかったためもともと食べられていた鶏肉をすき焼きにして提供すると、たいへん喜ばれました。

【材料】4人分
1. 鶏もも肉(削ぎ切り) 400g
2. 塩 少々
3. 長ネギ(斜め切り) 1本
4. 白菜(芯を取る) 1/8カット
5. しらたき(アクぬきをする) 180g
6. 椎茸(軸を取って十字に切り込みを入れる) 4~5枚
7. タマネギ(半分に切って1cmスライス) 1個
8. 鶏肉つくね:鶏もも肉(筋と皮を取ってミンチにする)150g
9. 長ネギ(青い部分) 5cm
10. すりおろし生姜 小さじ1
11. 醤油 小さじ1
12. 日本酒 小さじ1
13. 溶き卵 1/2個分
14. 割り下:出し汁(昆布と鰹) 100cc
15. 三温糖 大さじ2.5
16. 日本酒 50cc
17. 醤油 50cc
18. みりん 50cc

【作り方】調理時間:15〜30分
1.割り下の材料を鍋に入れ、砂糖を煮溶かす程度に火に掛けます。 
白菜は塩茹でして、水洗いしてから水を切ります。 
2.つくねの材料をチョッパー等に入れてミンチにして、竹筒に載せておきます。
切った鶏もも肉は塩少々を振っておきます。
水を切りながら茹でた白菜をクルクルと丸めます。
大皿に下準備した材料を盛り付けます。
3.卓上コンロの鍋で、油を引かずに鶏肉を焼きます。
野菜なども焼いてから、割り下を注ぎます。
4.鶏つくねを竹べらで丸めながら、鍋の中へ加えます。
少し、グツグツ煮ます。
5.溶き卵をつけながら召し上がれ!

出典: http://www.recipe-blog.jp/profile/22379/recipe/836889 |

5:カレーライス

明治時代、異文化が入ってくると現在では定番の洋食であるカレーやコロッケなどが入ってきました。明治時代のカレーライスはトロミがあり、濃い味のものではなく、野菜中心、肉少なめのあっさりとしたカレーでした。

現代では家庭料理の定番でもあるカレーも当時はとても珍しく、洋食屋などで提供されるのが主流でした。後期では一般家庭でも食卓に上るようになりました。

≪つくり方 ひとり分≫
①切干大根の煮物3/4カップ分と水3/4
カップを鍋に入れ、沸騰せる。
②ここにカレールーひと皿分を加えて弱火
で5分煮たらできあがり。
③ごはん1/2合分を皿に盛り、③をかけ
て、紅ショウガを添える。

出典: http://www.recipe-blog.jp/sp/101118campaign |

6:パンケーキ

パンケーキの歴史をさかのぼると明治維新から食されていたと言われています。明治17年に(ウィルレム、チャンプル)が翻訳した百科全書、中間の食物製法の中に(薄餅)というパンケーキのレシピがあり、それが日本においてのパンケーキの起源と言われています。

また明治37年には常磐西洋料理 という西洋の料理専門書にパンケーキのレシピが載っていたため、明治時代からパンケーキが存在したと言われています。

【材料】(直径12cm程のもの8枚分)
・パンケーキミックス:2カップ
・水:1カップ
・卵:1個
・シナモンシュガー:小さじ1/2?1(お好みで調整)
・ココナッツオイル or バター:適量

【作り方】
1、ボールにココナッツオイル以外の材料を入れて、滑らかになるまでよく混ぜる。
2、フライパンを熱してココナッツオイルを入れ、1の生地をお玉1杯ずつすくって入れて、中弱火で両面をこんがり焼く。

出典: http://www.recipe-blog.jp/spice/recipe/74132 |

7:アンパン

アンパンは明治時代に開発され販売されました。あんぱんは木村屋により明治時代に作られことはたいへん有名です。文明開化とともにパンも普及しだしてきた明治時代、 パンも食卓にのぼるようになりました。

パンはもともと戦国時代にキリスト教とともに入ってきたのですが、鎖国時代に一度パンが消えていきました。文明開化のあと、パンが再び普及し始め、 パンが根付いた頃に日本人に食べやすいパンとしてアンパンが開発されました。

●材料(6個分)●
強力粉(今回ははるゆたかブレンド使用) 225g
全粒粉 25g
塩 5g
きび砂糖 8g
イースト水(小さじ1/4のドライイーストを小さじ1の30℃の水で溶いたもの)
仕込み水 150cc

●つくりかた●
①イースト水をつくる
②計量した粉類と①をボウルに入れて滑らかになるまで10分ほどこねる
③ボウルに入れてラップをして一次発酵、野菜室で9H
④一次発酵完了(写真をご参照カメラ)
⑤計量しながら生地を6等分して丸め、ベンチタイム15分
⑥生地を手のひらで広げ、軽くガス抜きをしながら、あんこを20gずつ包んで、しっかりりつまむ
⑦ニ次発酵、生地が1.5倍くらいの大きさになったら完了
⑧生地に切れ目をいれて210度予熱のオーブンで15分でできあがりキラキラ

出典: http://www.recipe-blog.jp/profile/67388/blog/13777004 |

8:オムライス

オムライスは明治時代に異文化の食事として入ってきました。初期の頃、洋食は庶民の口には入らず、後期にようやく食卓に上るようになりました。

現代では当たり前に楽しんでいる一般的な洋食は明治時代に入ってきたものも多く、当時はかなり珍しい食事でした。初期では食べられなかった食事も後期になると一般家庭でも食事スタイルの変化とともに食べられるようになりました。

【材料】
〈チキンライス〉
米 2合
鶏肉 1/2枚
人参 1/2本
玉ねぎ 1/2個
ケチャップ 大さじ2~4
コンソメ 1/2個
バター 10gくらい
塩、こしょう 適宜

〈まわりの卵 2人分〉
卵 3個
生クリーム 大さじ1
牛乳 大さじ1
塩、こしょう 少々

【作り方】
①鶏肉に塩こしょうしておきます。
人参と玉ねぎはみじん切りにします。
バター以外を全部入れて炊きます。
炊き上がったらバターを入れ、塩、こしょうで味をととのえる。
②卵焼いて、ごはんのせてつつみます。

出典: http://www.recipe-blog.jp/profile/132768/blog/14333975 |

明治時代の文化

明治時代の食事の再現レシピ8つ|明治時代の文化
※画像はイメージです
明治時代は文明開化により文化も劇的に変わっていきました。明治時代は衣食住のいずれも変わっていき、庶民も変化についていくのが非常に大変な時代でした。

食事は洋食が入り食卓を囲むスタイルに変わり、衣服も洋装が入ってきた時代です。江戸時代から明治に変わるとそれまでの流行や服装、学校生活まで全てが劇的に変わっていきました。

服装

江戸時代から明治時代に代わり、まず服装に変化が訪れました。 皇室や政府、上流階級は正装が洋服と定められ、そのほかにも軍人や公的機関の人間は洋装の制服の着用を義務付けられました。

上流階級の洋服を目にするようになった庶民が憧れ、やがて一般庶民にも普及しだして行った洋服は、たとえ華族でも手に入れることが難しく、一般的に着用できるのは後期に突入してからだと言われています。

学生生活

明治時代 の学生生活は今のように男女共に学生生活を送るものではなく男子は書生として、女子は女学校に通っていました。学校では机と椅子の欧米のスタイルで授業が行われました。着物の着崩れが心配され袴が普及したと言われています。

また中学生の間にも洋装は憧れで、このとき袴に比較的手に入れやすいブーツというスタイルが定着しました。 ここから和洋折衷というスタイルができ上がっていきました。

流行したもの

明治時代は洋装の文化が入ってきたため、とにかく洋服が流行しました。しかし、庶民にはなかなか手の出るものではなかったため、ブーツやシルクハットなど一部のものをファッションに取り入れていました。

ヘアスタイルもちょんまげがなくなり、髪を下ろす人も増えてヘアスタイルも一新されました。現在では当たり前のヘアリボンもこのときからつけられるようになりました。

明治時代の食事を再現してみよう

明治時代の食事の再現レシピ8つ|明治時代の文化
※画像はイメージです
明治時代の食事は粗食から、みんなで囲む洋食スタイルへと変わっていくなか、現在では定番の食事も増えてきました。しかし、現在のように豊富に材料があるわけではなく、手に入る材料で作られた洋食も多くありました。

明治初期では庶民の食事はご飯とみそ汁と漬物だけという粗食でしたが、麦を食べて栄養を取るという工夫された食事でした。健康面を意識するなら明治時代の食事を見習ってみるのも良いでしょう。
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