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2020年10月10日

物干し竿という刀について知っておきたい5つのこと

更新日:2020年10月10日

物干し竿という刀についてご存知の方は、かなりの刀通ではないでしょうか。物干し竿という刀には、不思議な魅力があります。そこで物干し竿という刀について、知っておいてほしいことを5つ挙げて、詳しく解説するとともに、物干し竿とその持ち主についてもご紹介します。

物干し竿という刀について知っておきたい5つのこと
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物干し竿という刀とは

当時の侍が持つ刀の長さは、身長や上肢の長さで厳格に決まっていましたが、その中で異常に長い刀を物干し竿といいます。

物干し竿という刀は、宮本武蔵と巌流島で戦った佐々木小次郎の愛刀として知られており、刀の長さは、3尺2寸以上(90cm以上)の長さがあります。

当時の侍は、2尺3寸(約70cm)程度の刀が好まれており、物干し竿がいかに長かったかお判りいただけるでしょう。

刀の種類

刀というと、日本刀や刀剣をイメージする方がい多いでしょう。実際に時代劇で使われているのが、刀剣の形ですが、刀には、太刀、刀、脇指、短刀に分けることができます。

太刀は、馬上において片手で刀を扱うために、南北朝期以前に使用されていました。刀は、太刀より反りが少なく、室町中期以降に使用された刀で、2尺以上の刀を指します。

1尺以上2尺未満の刀を脇差と呼び、短刀は、1尺未満の刀でのことを指します。

佐々木小次郎という人物

佐々木小次郎は、宮本武蔵のライバルとして巌流島で戦ったことで有名ですが、その人物像に関しては謎が多く、全容は明らかではありません。

佐々木小次郎は、宮本武蔵の物語の登場人物として描かれていることが多く、その中から佐々木小次郎の手掛かりを探るしかありません。

有名なのは「燕返し」という技ですが、相手の間合いの外で物干し竿を振り下ろし、間合いに入ってきたところを、そこを瞬時に刀を返して切り上げる技です。

巌流島の戦い

巌流島では、佐々木小次郎と宮本武蔵が決闘を行いました。語り継がれている内容としては、佐々木小次郎の物干し竿の長刀に対抗するため、宮本武蔵は巌流島に渡る船の上で櫂(パドル)を刀のように切り出しました。

武蔵はじらし作戦で決闘の時刻より遅れて巌流島に渡ります。しびれを切らした小次郎は、鞘を放り投げそれに対し「小次郎破れたり」と罵声を浴びせ、熱くなった小次郎目掛け櫂を脳天に振り下ろし勝利しました。

物干し竿という刀について知っておきたい5つのこと

物干し竿という刀は、通常の人では扱うことが難しい刀です。それは、長さ、重さが大きく関係します。

そこで、物干し竿がどんな刀でどのような威力があるのかを、物干し竿の刀工とともに詳しくみていきます。

1:物干し竿という刀の長さ

物干し竿という刀の長さは、身の丈ほどある長さの刀で、刀身だけで90センチを超える長さを誇っており、柄まで含めると130cmもありました。

刀の歴史を見ると、物干し竿と呼ばれる小次郎が使っていた3尺程度の刀は、中程度の長さの刀です。長いモノでは、4尺を超える長刀もあります。

実際、長い刀は振り回すにはかなりの技術がいるので、基本的に馬上から振り下ろす戦に使われていました。

2:物干し竿という刀の重さ

刀は鉄でできているので、刀身が長くなればそれだけ重量が増していきます。

通常の70cmほどの刀の鞘を含めた重量は、1kgから1.5kgほどあるので、普通の刀でも稽古を積んでいなければ、かなり重く扱うのは難しいでしょう。

そこで、3尺を超える物干し竿では、刀の重さが1.5kgほど、鞘を含むと1.8kgを超えるといわれています。しかし、刀の重心は柄の部分なので、稽古を積めば扱えないことはないでしょう。

3:物干し竿という刀の刀工

物干し竿は、備前の刀工「長船長光(おさふねながみつ)」の作品です。備前の鍛冶には2人の刀工がおり、初代が順慶長光、二代目が左近将監長光で、二人とも備前を代表する刀工です。

小次郎の時代を考えると、2代目の長光の作品と考えられます。

4:物干し竿という刀の由来

刀が厳格に長さが決まっていた時代において、3尺を超える長さを誇っていた小次郎の太刀は、その長さが特異的なので物干し竿と呼ばれていました。

しかし、実際に物干し竿ほどの長さがあるわけではなく、あくまでも比喩的な表現で物干し竿と呼ばれていました。

5:物干し竿という刀の威力

物干し竿という刀には、かなりの威力があったといわれています。

物干し竿を作ったのは、刀工備前長船長光ですが、優れた備前刀は、兜割を可能としていたといわれています。

通常の備前刀で兜割が可能なのですから、刀身が長く重量の増した物干し竿という刀の威力はすさまじいものと予測できます。

日本刀をもっと知りたい方へ

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物干し竿以外の有名な刀

日本刀は、世界からも注目を集める刀で、切れ味や強度といった実用面はもちろん、美術品として、刀の焼き入れの美しさや彫り物の技術の高さが評価されています。

現在、日本刀が好きだという方の多くは、「日本の歴史や武将が好き」といった方がほとんどです。

そこで、日本刀を作った刀工やその刀を持っていた武将の歴史を追ってみれば、刀の来歴をたどることもでき、もっと深く刀を知ることができるでしょう。

無銘金重

無銘金重は、佐々木小次郎のライバル宮本武蔵の愛刀で知られていて、関の刀鍛冶「金重」の作品です。しかし、銘が彫られていないので無銘と呼ばれています。

南北朝時代の刀で、刀身は70cmと、物干し竿という刀よりかなり短いことがわかります。

しかし、もともと長い刀を磨き削り作られているので、もとは銘が彫られていたという方もいます。

三日月宗近

三日月宗近は、天下五剣の一つといわれ、その中で最も美しい刀ともいわれています。

室町以前の伝来については諸説ありますが、豊臣秀吉の正室高台院から徳川秀忠に送られた時からの伝来は確実な史実があります。

現在は東京国立博物館に所蔵されております。

大般若長光

大般若長光は、備前長光の代表作としてこの世界では知られています。大般若と名前が付いた由来は、その重さにあります。

当時の刀は、100貫が最高といわれる中、600貫という破格の代物であり、大般若波羅蜜多経に因んで名づけられました。

大正時代に帝室博物館が破格の値段で買い上げて、当時大きな話題となりました。現在は帝室博物館を改称した東京国立博物館に所蔵されています。

村正

村正と聞くと、妖刀村正を思い浮かべる方も多いでしょう。しかし実際は、伊勢国の名工により作られた非常に優れた刀です。

実践で多く使用され、特に戦国時代ではよく切れることと実践に適した刀だったことから、三河の武将がこぞって買い求めたといわれています。

刀なので、不注意による怪我も多くあり、村正の流通量の多さから不注意の怪我が村正の刀の確率が高く、いつしか徳川家により妖刀とでっち上げられました。

物干し竿と佐々木小次郎についてもっと知ろう

幼少期に師匠との組うち稽古(実際に真剣や木刀で打ち込む)をするにあたり、子供の小次郎では相手にならないので、師匠は小太刀を持ち、小次郎には長い太刀を持たせて稽古しました。これが将来物干し竿という刀を持つきっかけといわれています。

物干し竿という刀を使っていた佐々木小次郎には、このように長い刀を使う理由がありました。

歴史をひも解くことで、刀と持ち主の関係を深く知ることができるでしょう。
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初回公開日:2018年12月20日

記載されている内容は2018年12月20日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。
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