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2019年01月24日

江戸時代の農民を知る上での項目10個|農業で発達したもの3つ

多くの人のご先祖は農民と考えられます。過去の歴史を知ることで、今が見えてくることもあり、江戸時代の農民の暮らしを知ることに、意義や興味が感じられるのではないでしょうか。ここでは江戸時代の農民の暮らしぶりを具体的に紹介いたします。

江戸時代の農民を知る上での項目10個|農業で発達したもの3つ

江戸時代の農民の暮らしは実際は貧しくはなかった

江戸時代の農民を知る上での項目10個|農業で発達したもの3つ
NHKの大河ドラマ「西郷どん」では、江戸時代の末期に年貢の取り立てや、借金の返済に苦しむ農民の姿が描かれていました。西郷どんが農民の苦しみを知って、農民に寄り添う行動をしていたのが印象的です。

しかし実際の江戸時代の農民の暮らしぶりは、生活できるレベルではあったといいます。最近では、時代や地域、農民の立場の違いによっては、裕福ではなかったとしても、必ずしも農民が貧しかっただけとは考えられていません。

江戸時代の農民を知る上での項目10個

江戸時代の農民を知る上での項目10個|農業で発達したもの3つ
江戸時代には人々の暮らしを知る膨大な資料が残っています。江戸時代の人口統計は村や町単位で作成され、宗門改帳(人別改帳の類)と呼ばれる住民登録の様子がわかる幕府調査帳から知ることができます。

これらの資料から現在新しくさまざまな江戸時代の農民の暮らしがわかってきています。農民は搾取されるだけの存在ではなく、生き生きとした暮らしぶりや家の存続と繁栄を願い、守る姿、自治を求め、戦う姿も見ることができます。

1:農民の割合

農民は全人口の8割だったと言われています。ということは、ほとんどの日本人のご先祖は農民だったということが言えます。

士農工商という身分制度の中では下の階層にはなりますが、ただ黙って言われるがままになっていただけの存在ではないことがわかっています。実際には、領主に対してしたたかに戦っていたことがわかる資料が残されています。

2:年貢

江戸時代の農民を知る上での項目10個|農業で発達したもの3つ
農民は年貢に苦しめられていた存在というのが江戸時代の農民に持つイメージではないでしょうか。今でいう税金になりますが、武士からの取り立ては厳しいものでした。

村方三役によって、毎年納める量が決められ、連帯責任を取らせるため、5人組という組織を作らされました。そして年貢が納められなかったり、犯罪を犯すと5人組の中で責任を取らされることになっていました。

3:食生活

農民は米を作っても自分で食べることができなかったという説もありますが、実際はそうではなかったことが調査によりわかってきています。厳しい年貢の決まりの中でも農民は食生活を楽しんでいました。

野菜ならさまざまな根菜類、果物なら柿、栗、梅などを食べています。魚介類ではヤマメ、鮒、えび、しじみ、うなぎなどがあげられますし、卵やキジ、鳩などを購入した記録も残っています。お茶や酒を購入したり喫煙もしていました。

4:家

江戸時代の農民を知る上での項目10個|農業で発達したもの3つ
今でも日本では、各地に瓦葺き屋根の豪農の家が残っており、見学できるようになっています。

江戸時代の農民の家の作りは、入り口を入ると、竈や洗い場のある土間や片隅には厩(うまや)が設けられています。

土間を上がると田の字型に4部屋が設けられています。田の字型家屋というもので、座敷、納戸、居間、台所に分かれています。囲炉裏を囲んで食事や団らんをしていました。

5:服装・髪型

服装はどんなものだったでしょう。幕府や大名は農民に贅沢を許しませんでしたが、実際には絹織物なども購入しています。普段の衣類の素材は木綿・麻・絹・紬です。

色は紺、黒、青、茶、ねずみ、桃色、茜、浅黄、藤色、などさまざまな色に染められた生地が使われ、紋付き、羽織、一重、あわせなどが着用されました。また髪形は男性なら身分にかかわらず皆ちょんまげを結っていたということです。

6:日々の労働と休日

江戸時代の農民を知る上での項目10個|農業で発達したもの3つ
農作業では、稲作りの他、畑では麦、粟、ひえ、豆、蕎麦や葉物、大根などが作られました。他にも山仕事として燃料用の薪になる枝の採取や植林も行っていますし、商売的な兼業や出稼ぎもやっていました。

休む暇もなく働くイメージがありますが、米作りと年貢を納めた後の秋冬の期間は、休むことができ、年間50日の休みがあったといいます。お正月には初詣でに行った記録や、地域の祭りを楽しんだ記録も残っています。

7:子育て

農民は教育が受けられなかったイメージを持ちますが、一つの村に一つくらいの割合で寺子屋がありました。江戸時代の農家では家の存続が一番大切なことだったので、長男を家の後継者にするための教育に取り組んでいました。

7歳前後になると寺子屋で「読み・書き・そろばん」の基礎的な知識を学び、農繁期には、寺子屋を休んで農作業に取り組ませました。女子の就学率は男子に比べ少なかったようです。

8:年間行事や娯楽

江戸時代の農民を知る上での項目10個|農業で発達したもの3つ
村で有力な農民は、暮らしの中で娯楽や文化を楽しんだ部分もありました。年間を通して行われる祭りを楽しんだり、町に歌舞伎や相撲を見に行ったり、お伊勢参りに行く農民もいたといいます。

祭りなどのハレの日には色鮮やかな着物をきたり、女性は化粧もしたということです。俳諧、茶道、絵画といった文化的な楽しみも持っていました。

9:飢饉や大地震

自然環境が安定した時代には農民が生活を楽しんだ部分もありましたが、厳しい時代には飢饉や大地震が起こり、大変苦しい境遇になりました。

冷害による飢饉が起こったり、火山の大噴火や大地震による被災も何度も体験しています。こうした被害により、貧しい暮らしを余儀なくされた農民も多くいました。復興に向かって努力していた記録も残っています。

10:一揆

労働にいそしんでいた農民たちでしたが、ときには自らの利益を守るため、村人同士や隣村、さらには領主と戦う必要もありました。利害を自己主張し、訴訟をおこしたり、新しい決まりを作ったりして家や村を守っていました。

それでも解決できないときは、善政を求めて一揆を起すこともありました。たとえ領主であっても、農民たちは自分たちが正しいと思えば戦う姿勢を持っていました。

農民たちの日々の暮らしを知ることができる一冊

江戸時代の様子を知るのは、たいてい歴史の授業や時代劇などですが、そこに描かれているのはお侍や大名、町人であることが多く、農民は貧しく、搾取される弱い存在として描かれていることが多いです。

けれども農民にも階層があり、それなりに生活や文化を楽しむ農民も存在しました。この本には農民の生活のわかる具体的な描写が多く、興味深く読むことができます。

江戸時代というと、どうしても江戸の町ばかり注目されるが、多くの日本人は先祖が地方の百姓だろう。その意味では、先祖や故郷の歴史を知る上ではぜひおすすめしたい。

出典: https://www.amazon.co.jp/%E7%99%BE%E5%A7%93%E3%81%9F%E3%8... |

江戸時代の農業で発達したもの3つ

江戸時代の農民を知る上での項目10個|農業で発達したもの3つ
江戸時代では国力を高めるために米の増産や農地開拓に取り組みました。そのため、農業でもいろいろな部分が発達しました。ここではそうした農業で発達した代表的なものを3つ取り上げていきます。

1:新田開発

江戸時代は大名の命令により、野山を開拓して水田にするための新田開発が行われました。

年貢を増やすために始まり、次第に厳重な管理になっていきました。新田では、年貢を取らない3年くらいの期間を設けたり、年貢を低くするという工夫で、農民も新田開発を進んで取り入れたと言われています。

大規模な開発は次第に限界になり、畑に移行する緩やかなものになっていったと言われています。

2:新しい農具

農業で使う新しい農具も江戸時代には登場します。実った稲から米を取るときに使うこき箸なども使われていましたが、一度に大量のコメは取れません。大量の稲を脱穀することのできる千歯こきが普及すると、効率が大きく向上しました。

他にも江戸時代には、鉄でできた土を深く耕すことのできる備中ぐわが発明されたり、水をくみ上げるときに使う踏車(ふみぐるま)なども使われました。

3:新しい作物

農業の研究により、江戸時代には新しい肥料ができ、田畑からはそれまでよりずっと多くの作物が採れるようになりました。また外国からもいろいろな作物が伝わって栽培されました。

江戸時代は、かぼちゃやじゃがいも、さつまいもなどが栽培され、養蚕も始まりました。養蚕が盛んになると絹織物が作られました。

江戸時代の農民について詳しくなりましょう

江戸時代の農民を知る上での項目10個|農業で発達したもの3つ
多くの人が自分のご先祖にたどり着く、江戸時代の農民の暮らしぶりを知ることは、大変興味深いものです。現代に通じる江戸時代の農民の生活や文化を楽しむ暮らしぶりを詳しく調べてみてはいかがでしょう。現代の日本が見えてくるのではないでしょうか。

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