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2019年01月08日

平安時代の文化とは|平安時代に花開いた文化17選

華やかで優美な貴族生活が印象的な平安時代。そんな平安時代では、文学、美術、仏像、建築物など、幅広いジャンルの、価値が高く素晴しい文化がとても多く花開きました。今回は、平安時代に花開いたたくさんの文化と、平安時代に生きた人々の衣食住について、紹介します。

平安時代の文化とは|平安時代に花開いた文化17選
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平安時代の文化とは

平安時代の文化とは|平安時代に花開いた文化17選
華やかで優美な貴族生活が印象的な平安時代では、文学、美術、仏像、建築物など、価値の高く有名な文化が多くつくられました。

平安時代には、柔らかく優美な日本の美しさが特徴とされた国風文化も栄え、主な作品として、竹取物語、源氏物語、枕草子、古今和歌集などがあります。

平安時代に花開いた文化

平安時代には、文学、美術、仏像、建築物など、幅広いジャンルの文化が花開きました。竹取物語、枕草子、更級日記など、義務教育で学びとても多くの方が知っている有名な文化がたくさんあり、平等院鳳凰堂や阿弥陀如来坐像など国宝や文化財に指定されているものも多くあります。

平安時代に花開いた文化17選

次は、竹取物語、源氏物語、枕草子、古今和歌集、更級日記、土佐日記などの文学、平等院鳳凰堂や醍醐寺五重塔などの建築物、阿弥陀如来坐像、大和絵や薪絵などの美術といった、17つの平安時代に花開いた文化を紹介します。

1:竹取物語

平安時代の文化とは|平安時代に花開いた文化17選
平安時代に花開いた文化に、「竹取物語」があります。

竹取物語は、平安時代初期に成立した日本最古の物語で、仮名文が使用された最初期の物語でもあります。とても有名な作品ですが、作者や正確な成立年は未詳です。

現代では「かぐや姫」という名で多くの方に知られていて、竹取の翁が竹林で光り輝く竹の中から女の子を見つけ、自分たちの子として育てたが、最後は月へ帰ってしまう、という話となっています。

2:源氏物語

平安時代の文化とは|平安時代に花開いた文化17選
「源氏物語」も、平安時代に花開いた文化の1つです。源氏物語は、平安時代中期に成立した日本の物語で、作者は紫式部、正確な成立年は未詳です。

この作品は、主人公である光源氏の、数多き恋愛、栄枯盛衰な人生、権力闘争などが描写されている、紫式部が書いた唯一の物語で、世界から高い評価をされている世界的にも有名な作品です。

3:伊勢物語

平安時代の文化とは|平安時代に花開いた文化17選
「伊勢物語」も、平安時代に花開いた文化の1つです。伊勢物語は、平安時代初期に成立した歌物語で、作者や成立した正確な年は未詳です。

在原業平の面影も持っている主人公を中心に、男女の恋愛、親子愛、友情、社交生活など、普遍的な人間関係の様子が書かれている作品で、都に住んでいる人にとても親しまれていたと言われています。

4:蜻蛉日記

平安時代の花開いた文化に、「蜻蛉日記」もあります。蜻蛉日記は、平安時代中期に記された日記文学で、作者は藤原道綱の母、成立は974年以後と推定されています。

この作品は、954年から974年までの21年間の、作者の結婚生活、夫婦関係、夫に対する悲哀や苦悩、子への愛情など、作者の人生が綴られています。女流日記文学の道を開き、「源氏物語」に影響を与えたとされています。

5:枕草子

平安時代の文化とは|平安時代に花開いた文化17選
「枕草子」も、平安時代に花開いた文化の1つです。

枕草子は、平安時代中期に成立した随筆作品で、作者は清少納言、正確な成立年は未詳です。「春はあけぼの」から始まる、自然や季節の移ろいが綺麗な言葉で綴られた、美しい世界観を感じられるとても有名な作品で、「源氏物語」とともに平安女流文学の双璧とされています。

6:更級日記

「更級日記」も、平安時代に花開いた文化の1つです。更級日記は、平安時代中期に記された日記文学で、作者は菅原道真の子孫である菅原孝標女で、成立年は1060年頃と推定されています。

この作品には、1020年から1059年まで、子ども時代から夫を亡くすまでの、作者の約40年間の人生が綴られています。平安女流日記文学を代表する作品の1つでもあり、江戸時代には広く行き渡り読まれていました。

7:和泉式部日記

「和泉式部日記」も、平安時代に花開いた文化の1つです。和泉式部日記は、平安時代中期に記された日記文学で、作者は和泉式部、成立年は恋愛相手の敦道親王が没した1007年以後と推定されています。

この作品には、1003年4月から1004年1月までの10ヵ月間の、作者と敦道親王の恋愛物語が、2人の贈答歌のやりとりを中心に、歌物語風に綴られています。女流日記文学を代表する作品の1つともされています。

8:土佐日記

平安時代に花開いた文化の1つに、「土佐日記」もあります。土佐日記は、平安時代前期に記された日記文学で、作者は紀貫之、成立年は帰京した935年頃と推定されています。

この作品には、934年12月から935年2月までの、作者の任地を発ち帰京するまでのことが綴られています。失った愛児のこと、人との離別や人情のこと、天候や景色、港や船中など旅路のことなどが、女性に仮託し仮名文で書き綴られています。

9:古今和歌集

平安時代の文化とは|平安時代に花開いた文化17選
「古今和歌集」も、平安時代に花開いた文化の1つです。

古今和歌集は、平安時代前期の勅撰和歌集で、正確な成立年は未詳です。醍醐天皇の命によりつくられた初めての勅撰の和歌集で、紀友則、紀貫之、凡河内躬恒、壬生忠岑が歌の撰者となりました。

作品には、紀友則や紀貫之たち4名の和歌集撰者、在原業平や小野小町たち6名の六歌仙などがつくった、約1100首の歌が、20巻にわたっておさめられています。

10:平等院鳳凰堂

平安時代に花開いた文化には、「平等院鳳凰堂」もあります。

平等院鳳凰堂は、平等院にある阿弥陀堂で、平安時代後期の1053年、藤原頼通により建立されました。国宝にも指定されている、平安時代の豪華で優美な輝きが現在まで受け継がれている、貴重な建築物です。

「鳳凰堂」の名は、阿弥陀堂の正面から見た様子が翼を広げた鳳凰に見えること、阿弥陀堂の屋上に鳳凰が置かれていることが、由来とされています。

11:醍醐寺五重塔

「醍醐寺五重塔」も、平安時代に花開いた文化の1つです。醍醐寺五重塔は、朱雀天皇が醍醐天皇の冥福を祈り起工した建築物で、951年に完成しました。国宝に指定されており、瑠璃光寺五重塔と法隆寺五重塔とともに日本三名塔の1つともされています。

京都府にある木造建築物の中で最も古く、長い歴史や木の造りから風情を感じられ、天に向かって聳え立つ姿がとても立派で美しい建築物です。

12:法界寺阿弥陀堂

「法界寺阿弥陀堂」も、平安時代に花開いた文化の1つです。法界寺阿弥陀堂は、死後の救済を願う浄土信仰が身分問わず流行したことにより、平安時代後期に建立されました。

戦火で焼失したことにより現在の建築物は鎌倉時代に再建されたもので、どっしりとした荘厳な佇まいが立派で美しい建築物です。阿弥陀堂と安置されている阿弥陀如来像は、国宝に指定されており、阿弥陀堂内の装飾画は、国の重要文化財に認定されています。

13:平等院鳳凰堂阿弥陀如来坐像

平安時代に花開いた文化に、「平等院鳳凰堂阿弥陀如来坐像」もあります。

平等院鳳凰堂阿弥陀如来坐像は、平安時代中期の仏師である定朝が造仏した、国宝に指定されている仏像です。優しく穏やかな表情、流れるような衣服など、木造ながら優美さや柔和さを感じられる仏像です。

優しさ、柔らかさ、穏やかさを特徴に持つ定朝の仏像は「仏の本様」と称讃され、その様式である「定朝様」は長い間日本の仏像彫刻の規範とされました。

14:法界寺阿弥陀如来坐像

「法界寺阿弥陀如来坐像」も、平安時代に花開いた文化の1つです。法界寺阿弥陀如来坐像は、定朝の丈六阿弥陀如来坐像を手本にして作られた定朝様の仏像で、国宝にも指定されている仏像です。

法界寺は、平等院と法金剛院とともに、阿弥陀如来像の特徴が類似しているため、定朝様式三阿弥陀如来像と呼ばれています。

15:大和絵

「大和絵」も、平安時代に花開いた文化の1つです。

大和絵は、平安時代の国風文化に発展した日本風の絵画や、その様式概念のことです。月次絵、四季絵、名所絵、日本の風景、風習、風物などが描かれた絵画のことを大和絵と呼び、屋敷の障子や屏風に描かれたり、物語のさし絵や絵巻物の中でもよく見られます。

平等院鳳凰堂壁扉画や源氏物語絵巻など、現存している大和絵は数少なく貴重であり、国宝に指定されています。

16:来迎図

平安時代に花開いた文化の1つに、「来迎図」もあります。来迎図は、平安中期以降、「阿弥陀如来を信じていれば死後に阿弥陀如来が極楽浄土へ導いてくれる」という浄土信仰が盛んになったことで、多く描かれた仏画のことです。

主として、阿弥陀仏がすべての生き物を極楽浄土へ救うため諸菩薩を従えて人間世界へ迎えに下降している姿を描いた画があります。

17:蒔絵

「薪絵」も、平安時代に花開いた文化の1つです。

薪絵は、漆工芸の装飾法の1つで、平安時代に貴族社会の間に流行し見る見るうちに発展しました。加飾する面に漆で文様を描き、金や銀などの金属粉や色粉を蒔いて定着させる装飾法です。

寺院建築、家具調度品、文房具などに用いられ、平等院鳳凰堂や中尊寺金色堂にも漆は使用されました。

平安時代の生活に興味のある方におすすめ!

平安時代の人々の生活について詳しく知りたい方には、「平安朝の生活と文学 (ちくま学芸文庫)」という書籍がおすすめです。

この書籍は、源氏物語や枕草子などの平安時代のさまざまな文学作品を調べて知った、後宮の制度、宮仕えの動機、住宅、食事、結婚、出産、教養、娯楽、疾病、葬送、信仰など、平安時代の生活や女性について、分かりやすくまとめられています。

平安時代の生活に興味のある方は、読んでみてください。

平安時代の衣食住はどのようなものだったのか

平安時代に生きた人々の、衣服、食事、住居について、紹介します。平安時代では、人々に身分の差がありましたため、衣食住についても、貴族と庶民とで異なり、貴族は豪華で庶民は質素といった差がありました。

1:衣

平安時代の文化とは|平安時代に花開いた文化17選
次は、平安時代の衣服について、紹介します。

貴族の衣服につきましては、男性の衣服には、装束の束帯、普段着の狩衣、身分の高い貴族の平常服の直衣があります。女性の衣服には、装束の十二単、上着の小袿、外出時の壺装束があります。

庶民の衣服につきましては、貴族の衣服と比べると、質素で簡易でした。男性は、小袴、直垂、貫頭衣と呼ばれる衣服、女性は、小袖、袴、褶と呼ばれる衣服を着用していました。

2:食

平安時代の文化とは|平安時代に花開いた文化17選
次は、平安時代の食事について、紹介します。

主食につきましては、貴族は米が基本でした。庶民は、麦類や雑穀が基本で、おかゆにして量を増やして食べられていました。主菜は、アユやイワシなどの魚類です。調理法につきましては、蒸す、煮る、焼く、といった方法が用いられていました。

3:住

次は、平安時代の住居について、紹介します。

貴族の住居は、寝殿造りの屋敷でした。庭や池があったのが一般的で、庭では音楽や踊り、池では船遊びが行われていました。

庶民の住居は、竪穴式住居や一般家屋です。地方の方々は竪穴式住居、平安京の方々は一般家屋に住んでいました。

平安の世に思いを馳せましょう

平安時代の文化とは|平安時代に花開いた文化17選
いかがでしたでしょうか。今回は、平安時代に花開いた文化や、平安時代に生きた人々の衣食住について、紹介しました。

歴史ある価値の高い文化につきましては、手にとったり訪れたりして触れることができますので、ぜひ触れてみて平安時代に思いを馳せてみてください。

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