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2020年02月16日

室町時代の食事の特徴8つ|室町時代の身分による食事の違い

初回公開日:2018年12月26日

更新日:2020年02月16日

記載されている内容は2018年12月26日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。

また、記事に記載されている情報は自己責任でご活用いただき、本記事の内容に関する事項については、専門家等に相談するようにしてください。

室町時代に、どのような食事をしていたかご存知でしょうか。白米が食べられていたのか、米は高級品で、食べられる人は少なかったのかなど、昔の人がどのような食事をしていたかは、あまり知らないものです。本記事では室町時代にフォーカスをあててご紹介します。

室町時代の食事の特徴8つ|室町時代の身分による食事の違い
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室町時代とは?

室町時代の食事の特徴8つ|室町時代の身分による食事の違い
※画像はイメージです
14世紀はじめ、武士社会だった鎌倉幕府を、足利尊氏、新田義貞など武士の力を借りて後醍醐天皇が滅亡させました。政権を取り戻した天皇は、自身が理想とする天皇中心の政治を開始しました。

しかし、武士が反発し社会が混乱してしまい、足利尊氏が室町幕府を開くに至りました。後醍醐天皇は奈良に逃れ、政権を維持したため、京都と奈良で2つの政府が争いながら日本を支配する南北朝時代となり、60年間続きました。

室町時代は何年間続いたか

室町時代は、1336年に始まり、1573年に終わっています。これは、1336年に足利尊氏が建武式目を制定したことを「室町時代の始め」と位置付けているためです。

学校教育では、足利尊氏が征夷大将軍に任じられた1338年を室町時代の開始としています。1573年は、織田信長によって15代将軍足利義昭が京都から追放された年です。

室町時代の統治者は誰?

室町時代は、足利家が将軍を務めた時代です。政治は幕府制で、室町幕府の組織は、鎌倉幕府をかなり踏まえて構成されています。

将軍に次ぐナンバー2の地位である「管領」を補佐官としており、管領は、足利氏の血統にある細川・畠山・斯波から出すこととされていました。

南北朝の動乱を抱えていた室町幕府は、地方の有力な守護大名の地位を保障しつつ、登用する、守護大名と密着な体制を築いていました。

室町時代の食事の特徴8つ

室町時代の食事の特徴8つ|室町時代の身分による食事の違い
※画像はイメージです
室町時代になると、それまで1日2回だった食事の回数が、1日3回になりました。食事回数が増えたうえに、品数も豊富になりました。

食事の回数が増え、品数も豊富になったことから、鎌倉時代よりも豊かな食卓だったと捉えがちですが、武士たちは鎌倉時代から引き続き、質素なものを食べていました。

室町時代あたりから味噌や醤油が広まり、味噌汁も飲まれるようになりました。

1:食事回数

奈良時代や鎌倉時代は、食事は朝夕の1日2回でした。ただし、食事のほか、間食を摂るという習慣もありました。室町時代になると、食事の回数は1日2回から3回に増え、品数も豊富になりました。

1日3食となったのは、室町時代になり戦乱が続くようになったため、激しく働く消耗した武士が、食事を3回とることを習慣化したためです。

農業が発達し、米の収穫量が増えたため、食料事情が向上したということも、理由のひとつです。

2:お米の調理法

室町時代より前、米は蒸して食べられていました。室町時代でも、貴族は、もち米を蒸した「強飯(こわいい・こわめし)」を食べていました。

室町時代あたりから、米の調理方法が、蒸すから炊くへと変化していきました。室町時代に、現在と同じお米の調理法が確立されたことになります。

米は贅沢なものでしたが、室町時代から徐々に庶民にも広がり、武士や庶民は、お釜で炊いた柔らかい「姫飯(ひめいい)」を食べていました。

3:調味料

日本の代表的な調味料である「醤油」や「味噌」は、室町時代に一般に広まりました。「醤油」の文字が、文献に初めて現れたのは室町時代なので、室町中期には「醤油」と呼ばれる液体調味料があったと考えられています。

醤油は、古代の調味料、「醤(ひしお)」が元になっています。醤は、米や麦、豆などを発酵させてから塩を含ませた調味料で、奈良時代には醤を扱う役所もありました。

4:だし

室町時代には、昆布や鰹節が普及し始め、料理の下味の基本として「出汁(だし)」を使うことが流通し始めたと考えられています。

室町時代以前の食卓にも煮物や漬物がありましたが、昆布や鰹節が流通し、出汁も取られるようになったことで、旨味のある食事を取れるようになったのが、室町時代だといえます。

5:味噌汁を飲み始める

「味噌」は、奈良時代の文献に「未醤」としてすでに登場しています。現在の味噌とはだいぶ違うものですが、鎌倉時代には、おかずや食事のひとつとして食べられていました。

室町時代には、昆布や鰹節で出汁を取るようになり、出汁と味噌を一緒にすることで、現在とほぼ同じ味噌汁になりました。

室町時代以前も味噌汁のようなものもありましたが、味噌の大豆の粒が残ったままで、大豆を食べことが目的の「味噌汁」という食事でした。

6:茶の湯の流行

お茶は平安時代に中国から伝わっていましたが、茶樹の栽培が日本各地で行われ、本格的にお茶が飲まれるようになったのは鎌倉時代後期だと言われています。

室町時代になると、ただ飲むだけでなく、茶の作法を重んじる「茶の湯」が流行します。貴族や上流武士の間で「茶会」が頻繁に開かれるようになりました。

この頃の茶の湯は、名前にこそ「茶」が入っていますが、主目的は食事、茶は添え物程度でした。

7:懐石料理

室町時代の茶の湯では、お茶がメインではなく、本膳料理という食事がメインでした。この本膳料理は、平安時代に確立した「酒礼」「饗膳」「主演」の3部のうち、食事の部分である饗膳が進化した料理です。

本膳料理は、銘々が小さな膳の寄せ集めである点と、汁と煮物料理がかなり含まれる点において、平安時代の饗膳と大きく違いました。この本膳料理が、現代の懐石料理にも大きな影響を与えることになりました。

8:お菓子

室町時代にはさまざまな食べ物が生まれました。その中でも、甘いおやつの様な食事が充実してきた時代といえます。

甘いお菓子が多く作られるようになったのは、茶の湯の流行が原因にあります。ういろう、ところてん、わらび餅といったお菓子が室町時代に生まれました。

和菓子という認識が強いお饅頭も、室町時代ごろに中国から伝わってきたと言われています。

室町時代の食事について詳細を知りたい人におすすめ

もっと室町時代の食事について知りたい、食事面から日本の歴史を知りたいという人には、本書「日本食生活史」がおすすめです。

古代から昭和まで、各時代の食事の特徴について、時代ごとに知識が深まります。昔の人はどのようなものを食べていたのだろうと気になったことのある人は、ぜひ一度読んでみて下さい。

この本は、日本の文化発生のころから、現代(昭和)までの食が、時代時代に分け、また、その時代の新たな特徴別に項目に分かれ、わかりやすい構成になっている。

1、自然物雑食時代(日本文化の発生〜紀元前後)
2、主食副食分離時代(紀元前後〜7世紀)
3、貴族食と庶民食の分離(唐風食模倣時代)奈良時代
4、型にはまった食生活(唐風食模倣時代)平安時代
5、簡素な食生活(和食発達時代)鎌倉時代
6、禅風食の普及(和食発達時代)室町時代
7、南蛮・中国風の集成(和食完成時代)安土・桃山時代
8、日本料理の完成(和食完成時代)江戸時代
9、欧米食風の移入(和洋食混同時代)明治・大正時代
10、現代の食事(和洋食混同時代)昭和

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「室町時代の食事」身分による比較

室町時代の食事の特徴8つ|室町時代の身分による食事の違い
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室町時代には、現在に近い食文化が花開きましたが、一般庶民も現代のような食事ができていたのでしょうか。

室町時代には、皇族(公家)を始めとした貴族と、鎌倉時代から台頭し、政治の中心となっていた武士、そして商工農含めた庶民という、大きく分けて3つの階級があります。

ここでは、武士と庶民の食事内容についてご紹介します。

武士

室町時代の武士は、鎌倉時代から食事の習慣としては質素なまま暮らしていました。しかし、室町時代に入って、主食以外の副菜などもとるようになりました。

主食は米でしたが、玄米をかために煮たおかゆで、おかずは魚の焼き物と野菜の煮物、漬物などです。室町時代には、品数が豊富になり、専門の料理人が食事をつくるようになりました。

上級武士は畳の部屋で、大小の膳に並べられたご飯や汁物、おかずを食べていました。

庶民

職人などの庶民は、普段の生活では、麦ごはん、焼き魚とすまし汁など「一汁二菜」の食事を取っていました。

お祝いなどの特別な日は、ごはん、鯛の塩焼き、野菜の煮しめ、酢の物、すまし汁など「一汁三菜」の食事にしていました。

農民の食事は、室町時代になったからといって豊かになることもなく、米を生産しているにもかかわらず、米を食べられずにいました。農民にとっての主食は、稗粥(ひえがゆ)などでした。

室町時代の調理器具

室町時代の食事の特徴8つ|室町時代の身分による食事の違い
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室町時代、桶や樽などの木製の容器が発達しました。そのため、水や漬物、食器など、入れるものに応じて、さまざまな形の容器が作られるようになりました。

作り手も「桶師(おけし)」と呼ばれ、専門の職人として扱われるようになりました。

室町時代の食事から文化を読み取ろう

室町時代の食事の特徴8つ|室町時代の身分による食事の違い
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室町時代は、江戸時代に次ぐ長さを誇る安定した時代でした。そのため、新たな食事文化として、調味料の確立・出汁や甘味の登場など、豊かな食文化が開花した時期といえます。

食事を含め、文化が華やかになる時期は、政権などが安定し、庶民が豊かに暮らせている時代です。室町時代の食文化を知ることで、室町時代の生活にも思いをはせ、当時の暮らしを想像してみましょう。
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