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2020年10月10日

源義経と刀について知っておきたい5つのこと|源氏に伝わる名刀

更新日:2020年10月10日

昔話の「牛若丸」としても知られている源義経は、日本の歴史上の人物の中でも高い知名度を誇っている武将です。源義経は悲劇的な最期を遂げたことで有名ですが、義経とゆかりのある刀の逸話も広く知られています。今回は、源義経と刀にまつわる事柄と、源氏の名刀を紹介します。

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源義経とは

源義経は平安時代末期の武将です。日本の歴史上の人物の中では知名度が高く、源義経を題材にした大河ドラマや歌舞伎などが数多く作られています。

源義経に関する資料はとても少なく、多くの部分が謎に包まれています。しかし、源義経の優れた軍才や卓越した刀の腕前、悲劇的な最期などは数少ない資料の中でも印象深く記述されています。

今回は、源義経と刀について知っておきたい5つの事柄と、源氏に伝わる名刀を紹介します。

源義経の生涯

源義経は源義朝の九男として生まれましたが、義朝が平家に敗戦したため鞍馬寺に預けられた後、奥州平泉に下り藤原秀衡の庇護を受けます。兄の源頼朝が平家討伐の挙兵に馳せ参じ、数々の武勲を挙げていきます。

しかし、勝手に官位を受けたり、独断行動をとったことから頼朝の怒りを買い、ついに源義経討伐命令が下されます。奥州平泉へ向かって逃亡を続けましたが、平泉の衣川館で自害して31歳の短い生涯を終えました。

源義経と武蔵坊弁慶

源義経と縁が深い人物といえば、武蔵坊弁慶です。武蔵坊弁慶は身長2メートルほどもある大男で、武士から刀を奪い取っていましたが、幼少期の源義経との対決に破れ、以降は忠実な家臣として付き添ったといわれています。

弁慶は架空の人物という見解が強いですが、鎌倉時代に書かれた歴史書「吾妻鏡」には弁慶の記述が見られており、弁慶のモデルとなった僧兵がいたのではないかという説が有力視されています。

源義経と刀について知っておきたい5つのこと

源義経の優れた軍材を発揮して数々の功績を挙げた話や、愛用していた刀に関する逸話は、源義経に関する資料の中でも印象深く書かれています。

次の項目では、源義経が使ったといわれる名刀「膝丸」と「今剣」、源義経の刀の腕前や最期にまつわるエピソードなど、源義経と刀に関して知っておきたい5つの事柄を紹介します。

1:源義経の刀・膝丸

「膝丸(ひざまる)」は、源義経とゆかりがある刀といわれており、源氏きっての名刀として広く知られています。源満仲の命によって、源氏に伝わるもう一つの名刀「髭切(ひげきり)」と共に作られました。

持ち主が変わる度に名前が変わっていることでも知られており、源義経が手にしたときには「薄緑」と名付けられました。

膝丸とされる刀は複数存在しており、京都の大覚寺所蔵の薄緑や、箱根神社所蔵の薄緑丸が有名です。

膝丸とは

膝丸の名前の由来は、罪人を試し斬りした際に膝まで斬ったことから「膝丸」と命名されたといわれています。

膝丸は持ち主が変わると共に名前が変わっています。源頼光が土蜘蛛という妖怪を斬った際には「蜘蛛切」、源為義の手に渡ったときには、夜に蛇が泣くような声で吠えたため「吠丸」と名前を改めています。

膝丸は熊野別当行によって範熊野権現に奉納された後源義経の手に渡り、吉野の山にちなんで「薄緑」と名付けられました。

膝丸の伝説

源義経が平家討伐で武勲を挙げて名前が知られていくにつれ、兄の源頼朝から疎まれるようになります。源義経は頼朝に腰越状を書くものの許されなかったため、関係の修復を祈願して薄緑を箱根権現に奉納しました。しかし、その後も頼朝との関係は戻らず、奥州平泉で自害しました。

源義経の死後、箱根権現に奉納された薄緑は曽我兄弟の仇討ちに使われ、その後頼朝の手に渡ったといわれています。

2:源義経の刀・今剣

源義経は膝丸のほかに、「今剣(いまのつるぎ)」という刀も持っていたといわれています。

今剣は平安時代の刀工・三条宗近によって作られ、鞍馬寺に奉納された短刀です。長さは六寸五分(約20センチ)で、紫壇を貼り合わせた柄に竹の輪違いの紋をあしらったものと記述されています。

今剣とは

「今剣」という名前は、鞍馬寺別当の東光坊蓮忍が名付けたとされています。

今剣は元々、東光坊蓮忍が秘蔵の刀として自分の手元に置いて管理していましたが、源義経が平家討伐のため挙兵する際、今剣と名付けて源義経に与えたといわれています。以降源義経は、今剣を守り刀として肌身離さず携行したと記述されています。

今剣の伝説

今剣は源義経が奥州平泉で自害するときに使った刀として知られていますが、今剣は実物が確認されていないので本当に存在した刀なのか真偽がはっきりしていません。

今剣という名前が登場するのは「義経記」という文献のみで、ほかの文献には名前が登場していません。義経記は軍記物語としての側面が強いため作り話も多く、信憑性が疑われています。

3:源義経の刀の腕前

文献によると源義経は武術に優れており、卓越した刀の腕前を持っていた様子が描かれています。

源義経は幼少期に鞍馬山で過ごしており、鞍馬山に住まう天狗から武術や剣術を学んだという伝説が残されています。この伝説は、源義経の武術や剣術の腕前は武士の中でも突出したものだったということを表した表現だという見解が強いです。

4:源義経の戦

源義経は優れた軍才を持っており、平家との戦で数々の武勲を挙げている様子が描かれています。

急な崖を馬で駆け降りて奇襲をかけた「一ノ谷の戦い」や、民家や集落に火を放ち、大軍と見せかけて急襲をかけた「屋島の戦い」など、斬新な方法で平家に勝利している逸話が有名です。

奇襲や斬新な戦術を用いて戦う様子が注目されがちですが、源義経は優れた指揮官としての才覚も持っていたという描写が残された文献の随所に見られます。

5:源義経の最期にまつわるエピソード

源義経は数々の武勲を立てましたが、兄頼朝との仲が次第に悪くなっていき、ついに源義経の討伐命令が下されます。

源義経は追討使から逃れながら、藤原秀衡を頼るために奥州平泉を目指しますが、途中の関所で役人から「源義経ではないか」と疑われます。しかし、疑いを逸らすために弁慶が咄嗟に杖で打ち付け間一髪難を逃れた、という話が描かれています。

この逸話は、能「安宅」や歌舞伎の「勧進帳」として謳われています。

源義経についてもっと知りたい人に本

源義経の活躍が描かれている作品の一つが「平家物語」です。平家物語は鎌倉時代に描かれた作者不明の物語で、本来は口頭伝承で語り継がれており、後世の人物が書物に書き残したといわれています。

この本は、平家物語の主要な部分を取り上げて、現代語訳と原文を両方読むことができます。丁寧な解説付きでわかりやすく、分量も少ないのですぐに読めます。壮大なスケールの平家物語を楽しむための入門書としてです。

源氏に伝わる名刀

源義経が使用したとして知られる「膝丸」や、源義経が自害するときに使われたといわれる「今剣」は、実物の有無に関わらず名刀として知られていますが、そのほかにも源氏に伝わる名刀が存在しています。

では、源氏に伝わる名刀は「膝丸」「今剣」のほかにどのような刀があるのでしょうか。次の項目では、源氏に伝わるそのほかの名刀を紹介します。

童子切安綱

「童子切安綱(どうじぎりやすつな)」は平安時代の刀工・安綱作の太刀で、国宝に指定されている名刀です。源頼光が、大江山に住まう酒呑童子の首を切り落としたという逸話が名前の由来になっています。

源頼光の手を離れた後、足利将軍家を経て豊臣秀吉に送られましたが、秀吉は童子切安綱を手元に置きたがらず、本阿弥家に預けます。その後は徳川家を経て松平家へと渡り、昭和の時代まで松平家の家宝として伝わっていました。

髭切

「髭切(ひげきり)」は、源満仲が「膝丸」と揃いで作られた太刀で、源氏の名刀の一つに挙げられています。

髭切も持ち主が変わる度に名前が変わっており、鬼を斬った逸話から「鬼切丸」、獅子のような唸り声を上げることから「獅子ノ子」、源頼朝の手に渡ったときには「友切」という名前で呼ばれていました。

髭切といわれる刀はいくつかありますが、京都の北野天満宮に奉納されている刀が髭切である、という見解が有力です。

源義経の刀について理解しよう

今回は、源義経と刀について知っておきたい5つの事柄と、源氏に伝わる名刀を紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。

「膝丸」「今剣」など、歴史上の人物とゆかりのある刀にはさまざまな逸話が残されており、今も人々を魅了し続けています。

刀そのものを鑑賞するのも良いですが、刀にまつわる逸話やどのような人物が使っていたのか知っておくとより刀剣鑑賞を楽しめるので、理解を深めておくのがです。
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初回公開日:2018年12月21日

記載されている内容は2018年12月21日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。
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