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2019年01月10日

徳川家康の墓はどこにある?知られざる8つの事実とは

徳川家康のお墓がどこにあるか、ご存知でしょうか。「日光東照宮」と答える人もいるでしょう。しかし、それが真実なのかは、まだ解明されていません。本記事では、全国にある徳川家康のお墓について、いまでも解明されない謎を含めてご紹介します。

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徳川家康についてのおさらい

「徳川家康」を全く知らないう人は、日本人ならばまずいないでしょう。しかし、「徳川家康とはどのような人ですか」と問われたときに、簡潔でありながら的確に説明できる自信がある人も、そう多くはないでしょう。

誰もが「江戸幕府の創設者」と答えられても、その功績の説明には詰まってしまう人もおおいはずです。まずは、「徳川家康」という人をもう一度確認しておきましょう。

徳川家康は戦国時代の三傑

徳川家康は、「戦国時代の三英傑」といわれる武将の一人です。三英傑は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三人です。室町時代から安土桃山時代へと続いた戦国時代を終わらせたのも、徳川家康といえます。

戦国の三英傑を表す狂歌として、「織田がつき、羽柴がこねし、天下餅。座して喰らふは、徳の川」という歌が読まれています。辛抱強く自分の天下になるまで待った家康の性格を表しています。

徳川家康の墓を建てた経緯

家康は、遺言の中で、「自分が亡くなったら、遺体は久能へ納めること。葬儀は増上寺で行い、位牌は三川の大樹寺に置くこと」と指定しています。

さらに、「一周忌が過ぎたら、日光山に小さな堂を建てて分霊すること」と遺言にあります。

この遺言に従って、家康の葬儀は増上寺で行われ、浄土宗の戒名がつけられました。遺体は駿府の久能山に葬られ、一周忌を経て日光東照社に分霊されました。

徳川家康の墓についての8つの謎

徳川家康のお墓については、いろいろな謎があります。

当時は土葬だったため「分骨」ができないにも関わらず、死後一旦葬った久能山から一年後に日光へ「分霊」するよう遺言で指示があるなど、当時の一般風習とはかけ離れています。

ここでは、東川家康のお墓にまつわる「謎」を取り上げ、家康に迫ってみましょう。

謎1:東の天照大御神

家康は遺言で「増上寺で葬儀を行う」よう指定し、増上寺での葬儀の際は浄土宗の戒名を与えられています。それにもかかわらず、「東照大権現」という神号がつけられ神格化されたのは、なぜでしょう。

この神号は、「太陽が昇る東(江戸)の方角から、日本を照らす神」という意味で、後水尾天皇から宣下されたといわれています。「東照大権現」は、薬師寺如来を表しています。

謎2:自分の死後についての遺書

家康は、遺言の中で、「自分が亡くなった後、遺体は久能山へ」と指定していますが、「一周忌が過ぎたら、日光山へ分霊」という指定も遺言の中で行っているとされています。

現代と異なり、土葬だったため、「分骨」ということができなかった当時にあって、自分のお墓を複数個所指定するのは、珍しいことでした。

なぜ家康が分霊の指定を行ったのかは諸説ありますが、家康の真意としては謎のままです。

謎3:家康の墓は全国にある

徳川家康のお墓は、全国各地にあります。遺体はひとつしかないのに、なぜでしょう。

お墓といっても、必ずしも遺体や骨が埋められていたことが前提ではありませんが、久能山と日光は、「家康の遺体が埋葬されてい、家康の眠る場所」としてのお墓として有名です。

謎4:第三の墓

家康が亡くなった当時は土葬だったので、長い間久能山に遺体があるのか、日光に遺体があるのかは、議論の対象になっていました。2012年に家康が本当に眠る場所の候補として、大阪南宋寺があが加わりました。

南宋寺説の場合は、徳川家康が1615年の大阪夏の陣で、後藤又兵衛の槍につかれて亡くなったとされる説が史実である必要があります。

謎5:3つの死因説

徳川家康の死因としては、病死説、食中毒説、戦死説の3つの説があり、お墓のある場所も、死因説とリンクしています。

「第三の墓」とされる大阪南宗寺は、「家康は大阪夏の陣で戦死し、以降は影武者が家康を務めた」とする説を信じる場合に、もっとも相応しい場所にあることになります。

久能山は、遺言にもありますが、食中毒説のときに鷹狩りしていた場所が、久能山の近くだったことも、お墓の場所に信ぴょう性を与えています。

謎6:影武者説

影武者説は、徳川家康が大阪夏の陣で後藤又兵衛に討ち取られたとされる説に由来します。

歴史上は、大阪夏の陣のあとの1616年に病死したとされていますが、大阪夏の陣で亡くなっていた場合、1616年までは影武者が「徳川家康」を務めたことになります。

複数あるお墓のひとつは家康本人のもので、ほかには影武者が祀られているという説もあります。

謎7:東照宮と東照社

日光東照宮も久能山東照宮も「東照宮」と呼ばれていますが、歴史を紐解く中では「東照社」という呼び名が現れることもあります。

東照宮も東照社も、徳川家康を神格化した「東照大権現」をお祀りするための神社のことを指しています。いずれも「お墓」としての意味は持っていません。

当初は「東照社」と呼んでいましたが、「神号」を与えられたことによって「宮」と呼ばれるようになりました。今では、「東照宮」が正式名称です。

謎8:家康はどこに眠っている?

徳川家康の遺体が祀られているのは、久能山東照宮だとする説と、日光東照宮に移されたとする説のどちらもが有力な説とされています。

いずれも掘り返して調査をしたわけではないので、真偽は確定していません。

徳川家康の謎をもっと知りたい人におすすめ

徳川家康のお墓は各所にあり、どこで亡くなったかも定かになっていません。徳川家康の死について、ミステリアスな謎を感じる歴史愛好者も多く、深堀してみるのも興味深いでしょう。

徳川家康という人に、今まで以上に興味を感じた人は、ここでご紹介する歴史小説を読み、徳川家康という人の人となりや生きざまを想像してみてはいかがでしょう。

出生から書かれているので、なかなか読み応えのあるシリーズになっています。

戦国武将たちやその家族の深慮遠謀ぶりが迫ってくる。人間の頭脳は、かくも回転するものかと、作者の創作力に感嘆します。

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徳川家康の死因

家康の死因として伝えられているものには諸説ありますが、その中でも有名なのが食中毒説と大阪夏の陣での戦死説です。

現在、もっとも有力とされているのは、胃がんによる病死とする説です。これは、過去の文献などから、胃がんと考えられる症状が見受けられるためですが、検死が行われたわけではないので、推論の域をでることはできません。

食中毒

誰もが「家康は大のてんぷら好きで、てんぷらの食べすぎが原因で亡くなった」という説を聞いたことがあるでしょう。

食中毒死亡説は、もっとも有名な説です。「鯛の天ぷら(南蛮漬け)の食べ過ぎ」が原因とされています。

この説では、家康が久能山の近くにある駿府で、鷹狩りの最中に倒れ、療養中に食べた鯛の天ぷらから腹痛を起こし、3ヶ月後に永眠したと言われています。

大阪夏の陣

有力説ではありませんが、戦国時代を物語る話として、「徳川家康は大阪夏の陣で後藤又兵衛の槍を受け、致命傷を追い、逃げてきた南宗寺で絶命した」という説もあります。

その後の「家康」は影武者だったという説で、あまりにもドラマチックですが、裏付けとなる資料もあり、簡単には否定できない説です。

家康の墓を紹介

ここでは、家康のお墓とされる中でも有力なお墓についてご紹介します。当初、確実に家康が埋葬されたと考えられる久能山東照宮は、家康の生まれ故郷である静岡県にあります。

境内には梅林をはじめ、重要文化財や久能山東照宮博物館などもあり、家康の晩年を知ることができる神社です。

本殿後方の石段を登ると、家康の遺骸を埋葬した御宝塔があります。今でもここで眠っている可能性もあります。

大阪・堺「南宗寺」

南宗寺(なんしゅうじ)は、大阪夏の陣から逃げてきた家康が絶命した地とされる場所です。そのときに家康が葬られたとされるお墓があります。

家康のお墓は、お寺の境内にあり、家康が絶命するときに座っていたといわれている石もあります。この石は、ご利益のあるパワースポットとして有名です。近くには、地元の生まれである千利休の供養塔もあります。

京都「圓光寺」

圓光寺(えんこうじ)は、徳川家康ゆかりのお寺です。教育に力を入れていた徳川家康が、学ぶ場を提供する目的で開いたお寺です。

家康のお墓は、境内から階段を登った高い位置にあり、お墓から京都の町を一望できます。

栃木「日光東照宮」

日光東照宮は、久能山東照宮に埋葬されていた徳川家康の遺体を移した場所とされています。徳川家康を神格化した東照大権現(とうしょうだいごんげん)を祀っている神社です。

徳川家康のお墓は、有名な眠り猫の先にある「奥の院」に宝塔があり、その下に家康の遺体が埋葬されているとされています。

奥の院には、お参りをすると願いが叶うとされる「叶杉」があるので、家康のお墓参りがてら訪れてみましょう。

家康の墓を訪ねてみよう

家康のお墓は、いろいろなところにあり、それぞれが観光地となっています。

実際に家康が眠っているお墓がどこなのかも明確になっていないので、観光を兼ね、家康の各所のお墓をお参りに出かけてみてはいかがでしょうか。
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