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2019年01月24日

聖徳太子の5つの性格と耳について|本名の由来や耳の形

聖徳太子はわたしたちに馴染みの深い、たいへん有名な人物です。聖徳太子の本妙には耳の字がつけられていたことをご存知でしょうか。今回は、聖徳太子の5つの性格と耳について、本名の由来や耳の形などの逸話と一緒にご紹介していきます。

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聖徳太子と耳の関係

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聖徳太子の耳は一度に10人の意見を聞き分けることができるほど、素晴らしかったといわれています。聖徳太子の肖像画も、豊かな福耳に描かれています。

聖徳太子が皇子だった頃、我先にと口を開いた請願者10人の意見を同時にすべて一言も漏らさずに理解して、的確な返答をしたと言い伝えられています。この故事にちなんで、聖徳太子は豊聡耳(とよとみみ)とも呼ばれるようになりました。

聖徳太子の本名

聖徳太子の本名は厩戸豊聡耳皇子(うまやどのとよさとみみのみこ)です。

聖徳太子という名前は、亡くなった後に付けられました。生まれてすぐは厩戸皇子(うまやどのみこ)と呼ばれていました。豊聡耳が付けられたのは大人になってからです。

聖徳太子の両親

聖徳太子の両親は欽明天皇を父に持つ異母兄妹です。聖徳太子の血縁は蘇我氏と関連があります。

聖徳太子が12歳のときに父親が用明天皇に即位しました。しかし14歳のときに用明天皇は41歳で病で亡くなってしまいます。用明天皇は仏教に帰依していたので、没後はそれに反対する豪族の物部氏が蘇我氏と争いました。

聖徳太子の本名の由来

聖徳太子の本名の由来は生まれた場所が厩だったからです。

聖徳太子の母である間人皇女は、全身が金色に輝く僧侶のお告げにより西方の救世観世音菩薩である皇子を産んだという説話が伝わっています。キリストの話に通じる伝説としてたいへん有名です。

間人皇女が懐妊して8ヶ月が後にお腹の中から声がしたそうです。お告げから一年後の元旦に、屋敷の見回り中に厩の前で聖徳太子が生まれました。用明天皇が厩戸皇子と命名しました。

聖徳太子の耳の形

聖徳太子の5つの性格と耳について|本名の由来や耳の形
聖徳太子は肖像画から、豊かな福耳をしていることがわかります。

福耳の人は一生、お金に困らないといわれています。観相学上もたいへん良いとされていて、仕事も大成する暗示があります。

聖徳太子の本名である「うまやどのとよとみみのみこ」の「み」は神をあらわし、それが2つ重なっているのでたいへん尊いという証です。耳の字があてられています。「と」には聡いという字があてられていて、たいへん聡明であるという意味です。

聖徳太子の性格と耳の関係

聖徳太子の性格と耳の関係についてご紹介していきます。

聖徳太子が10人の言葉を同時に聴くことができる耳を持っていたという逸話は、本名である厩戸豊聡耳皇子がどのようにつけられたのかを説明する段階で記述された話です。それほどまでに優れていた聖徳太子の性格について、詳しく見ていきましょう。

1:社交性がある

聖徳太子のように耳がとても大きい人は、社交性があるといわれています。

聖徳太子は昔の1万円札からその観相をうかがうことができます。聖徳太子の耳は垂れ下がるほどふくよかな福耳です。人間関係を大切にする性格の人が多く、社交的な性格に多い観相です。

耳のふちも厚いので、損得関係なく人を助ける性格です。

2:温厚な性格

聖徳太子のように耳が大きい人は、温厚な性格の人が多いといわれています。

聖徳太子は小さい頃からたいへん聡明だったので、落ち着いて温厚な性格だったことがうかがえます。福耳は、心にゆとりがあることも示しています。

3:人から尊敬される

聖徳太子のように大きい耳の持ち主は他人から尊敬されることが多いため、人の上に立つ相だといわれています。

歴代の総理大臣や王を見てみると、耳が大きい人が多くいます。聖徳太子は天皇の皇子なので、耳にもその人の地位があらわれているといえましょう。

4:気配り上手

聖徳太子のような福耳で耳たぶが大きい人は、気配り上手であるといわれています。

聖徳太子が10人の人の話をあますことなく聴き的確に答えたという逸話からもわかるように、気配りの人であったことが推察できます。

5:財産がある

聖徳太子のように耳が大きく耳たぶが垂れ下がる福耳は、金運に恵まれるといわれています。

福耳の人は財産をつくるといわれている観相を持っています。実際に聖徳太子は、富に恵まれた一生を送っています。

聖徳太子の偉業が書かれている資料

聖徳太子の偉業が書かれている資料が存在しています。上宮聖徳法王帝による「上宮聖徳法王帝」「聖徳太子伝暦」「三宝絵詞」です。

聖徳太子は幼少の頃からたいへん賢く、大人になってからは1度に8人の話を聞いて対処したとあります。聖徳太子は仏教や経典を学ぶときも、一を聞いて八を知ったと書かれています。そのため、厩戸豊聡八耳命という呼び名がありました。

聖徳太子の耳を極めたい方におすすめのアイテム!

3分で身につく超集中力「聖徳太子の耳」は、聖徳太子のような素晴らしい集中力を身につけたい人におすすめのCDです。

聖徳太子の耳のように、同時に10人の人の話を聞きわけるほどの集中力を養うために、この2枚のCDが役立ちます。音楽・朗読・環境音・自然音・高速音などが同時に流れてきます。その中から1つの音だけを聞き分けることで、潜在能力を開花させる画期的なCDです。

名前に耳がはいっている歴史上人物

聖徳太子の5つの性格と耳について|本名の由来や耳の形
名前に耳がはいっている歴史上人物は聖徳太子の他にも存在しています。「綏靖前紀」に登場する神渟名川耳尊(かむぬなかはみみのみこと)などの実在の人物もいます。

みは神という意味で、みを2つ重ねて耳と書くことで、さらに尊いという意味になります。耳は人の話を聴く器官なので、聡明な人の象徴でもあります。

古い資料を見ると、耳がつく人物が他にもいたことがわかります。ご紹介していきます。

天忍穂耳尊

「神代記」に天忍穂耳尊(あまのおしほのみこと)という神が登場します。

天忍穂耳尊は日本神話では、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の父親で、天照大神(あまてらすおおみかみ)と素戔嗚尊(すさのおのみこと)が誓約をしたときに生まれた神だとされています。

天忍穂耳尊は、天照大御神の左の御みづらの八尺の勾玉の五百箇のみすまるの珠から生まれた神だといわれています。 忍はおほし(大)と読み、穂は秀という意味です。

紀直祖豊耳

「日本書紀・神代巻」の神功皇后の時代に、紀直祖豊耳という人物の記述があります。名前に耳がつく人は、神功皇后の時代に天文学の知識で吉兆を占う職業に就いていた人物のことです。船団の先導者の家系だといわれています。

神功皇后が、紀直(きのあたい)が祖(おや)豊耳という名の老人に、昼が夜になる怪異現象の理由を質問するくだりがあります。紀直祖豊耳が合同葬のたたりだと解明することで、問題は解消されます。

聖徳太子は優れている耳を持っていた

聖徳太子は優れている耳を持っていた人物です。

聖徳太子の逸話は不思議な話ばかりです。実在の人物かどうかも疑われている昨今ですが、聖徳太子が素晴らしく聡明な耳と頭脳を持ちあわせていたことは、過去の資料や歴史が証明してくれています。

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