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2020年08月08日

因果応報と自業自得の違いとは?2つの言葉の仏教における意味

更新日:2020年08月08日

わたしたちが日常生活で良く使っている因果応報と自業自得という言葉は仏教用語です。2つの言葉の仏教における意味は違っています。今回は、仏教用語における因果応報と自業自得の2つの言葉の意味を探り、正しい使い方をご紹介していきます。

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因果応報と自業自得の違い

因果応報と自業自得には、因果応報が原因に応じた結果が自分に返ってくるという意味に対して、自業自得は自分の業(行い)の結果は自分で受けなくてはいけないという意味の違いがあります。

どちらも、仏教の教えをあらわす四字熟語です。

因果応報とは

因果応報とは現世での行いに対して使われる四字熟語です。

因果応報とは、すべての事象が自らの行いによる報いだとする考え方です。インドの輪廻転生思想に関する仏教用語ですが、中国では六朝や唐の時代に小説の題材として使われるようになった言葉です。次第に道教に取り入れられ、民衆に広まっていきました。

日本でも平安時代の書物などで因果応報が使われ、広く知れ渡り、親しみやすい四字熟語として今日も使用されています。

自業自得とは

自業自得は、現在では悪業の報いを自分が受けるという意味で使われています。業は行いをあらわし、自得は自分が得た結果という意味です。

自業自得とは本来は、自らの犯した善悪の行為はすべて自分に返ってくるという、やむを得ない事情をあわらす仏教用語です。自業自得は、善も悪も自分で行ったことは自分で受けなくてはいけない・それが当たり前だとする説です。

仏教における2つの言葉の意味

仏教における因果応報と自業自得の2つの言葉の意味は、元となっている因果論を知っておくとわかりやすいでしょう。

因果論とは、物事は自分の行いが原因となった結果のあらわれであるとする教えのことです。因果の道理というものが存在し、善い原因が善い結果を生み、悪い原因が悪い結果を生みだすという仏教の考え方です。

因果応報

因果応報とは良い行いをすれば良い結果があらわれ、悪い行いをすれば悪い結果が生じるという仏教の教えです。

因果応報は、輪廻転生を軸とする仏教の考えに即した考え方を示した教えです。前世または過去の行いで、現世の報いがあるという考え方です。その輪廻転生から解脱することが、この世に生まれた使命とされています。

自業自得

自業自得の「業(ゴウ)」はインドの仏教用語でカルマ・行いという意味です。このことから自業とは、現代の言葉に直すと自分の行いという意味になります。自得とは、自分が結果や運命を得るという意味になります。

このことから自業自得とは、自分の行いが自分の運命や結果を生み出すという意味になります。

自業自得は正法念処経という仏画に出てくる言葉で、往生要集という天台宗の源信が書いた仏教書にも引用されています。

因果応報と自業自得の使い分け方3つ

因果応報と自業自得の使い分け方3つをご紹介していきます。

因果応報も自業自得も同じような意味ですが、仏教用語本来の使い方は微妙に違います。現代でわたしたちが使用するときにおかしくないように、3つの使い分けについてご説明させていただきます。

1:現在だけか死後のことまでを指すのか

因果応報と自業自得の使い分け方として、現在だけか死後のことまでを指すのかという見方があります。

仏教本来の意味では、現在だけを示す四字熟語は自業自得で、前世から現在、そして死後の来世のことまで指し示しているのが因果応報です。

2:良い行いか悪い行いか

因果応報と自業自得の使い分けとして、良い行いか悪い行いかに言及することができます。

因果応報も自業自得も、仏教本来の意味では良い行い・悪い行いどちらにも使える言葉です。しかし現代では、自業自得は悪い行いにだけ使われています。

3:自分だけのことか他人も含めるか

因果応報と自業自得の使い分け方として、自分だけのことか他人も含めるかという方法があります。

自業自得とは、自分の行いが自分に戻ってくるという意味なので、自分だけのことに対する四字熟語です。

因果応報の因は自分のことですが、果は他人や周りの環境など、自分以外のことをすべて含む現象を指しています。

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「気になる仏教語辞典: 仏教にまつわる用語を古今東西、イラストとわかりやすい言葉でなむなむと読み解く」は、因果応報や自業自得などの仏教用語をイラストで子どもでもわかるように簡単に説明した1冊です。

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因果応報と自業自得の類語

因果応報と自業自得の類語を見ていきましょう。

自分の行いが自分の身に戻ってくるという意味の、因果応報や自業自得の類語はいくつもあります。普段、わたしたちがよく使っている言葉の中にもたくさんあります。

因果応報や自業自得のようなありがたい教えは、いろいろな言い回しでわたしたちに悟りの道を示してくれています。毎日の生活の中で何気なく使っているこれらの教えを、大切にしていきましょう。

自縄自縛

自縄自縛とは自分の縄で自分を縛るという意味で、自分の考えや言動で自分自身が身動きが取れなくなる状態をあらわした四字熟語です。

自縄自縛により自分の自由を自分で奪ってしまうことはよくあります。自分を厳しく律し過ぎてしまったときなどによく使われる四字熟語で、因果応報や自業自得と同じようなシーンで使用されています。

身から出た錆

身から出た錆とは、自分が犯した罪で自分が苦しめられることをあらわしたことわざです。

身から出た錆という言い回しの身とは、刀の刀身部分のことを指します。刀は普段から手入れをしていないと錆てしまうため、いざというときに使い物にならず命を落とすという意味です。

自分の身は自分で守らねばなりません。身から出た錆とはこのような理由で、因果応報や自業自得と同じような意味で使われています。

自分で蒔いた種

自分で蒔いた種とは、英語が由来となっていることわざで、因果応報や自業自得のように、自分が行ったことが結果となってあらわれるという意味です。

自分で蒔いた種とは、悪い事態が起こったときに使われる言い回しです。「you reap what you sow」という、人は自分で蒔いた物を自分で刈り取ることになるという、新約聖書の教えを起源としています。

自分に起こることはすべて過去の自分の行いの結果だという意味です。

ブーメラン

因果応報や自業自得と同じ意味で、ブーメランという言葉も使われます。

ブーメランとは古代の狩猟に使われた武器で、自分のもとに正確に戻ってくる便利な道具です。このことから、自分が行ったことは自分に戻ってくるというブーメラン現象・効果という言葉として、因果応報や自業自得のように使われることがあります。

仏教が由来の四字熟語は他にもある

仏教が由来の四字熟語は他にもたくさんあります。

言語道断、唯我独尊、諸行無常、他力本願、以心伝心、四苦八苦、阿鼻叫喚など、わたしたちが何気なく使っている四字熟語に、仏教が由来の言葉がたくさん含まれています。どの四字熟語も簡単な言語でわたしたちの反省を促し、正しい道へと進む意義を説いています。

仏教が由来の四字熟語をたくさん覚えて座右の銘にして、生きる道を見失わないようにしていきましょう。
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初回公開日:2018年12月27日

記載されている内容は2018年12月27日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。
また、記事に記載されている情報は自己責任でご活用いただき、本記事の内容に関する事項については、専門家等に相談するようにしてください。

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