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2019年01月24日

墓廟や墓地の観光地10|墓廟タージマハルの豆知識4つ

墓廟はあまり聞きなれない言葉ですが、、文字から察すると、お墓でお祀りしてる廟だということがわかります。墓廟と呼ばれるのは、インドが世界に誇るタージ・マハルです。世界中にある一度は行ってみたい墓廟や墓地の観光地など、タージ・マハルについて紹介します。

墓廟や墓地の観光地10|墓廟タージマハルの豆知識4つ
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墓廟とは

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墓廟とは亡くなった人をお祀りする宗教施設のこと、祖先の霊を祀ったお墓のこといいます。墓地ではなくて死者を祀る施設、建物のことを意味します。廟は御霊屋(みたまや)や祠の意味があり、他に同じ意味だとされるものがあります。

・宗廟(祖先の霊を祀ってある場所)
・祖廟(祖先の霊を祀る御霊屋)

呼び方はそれぞれ違っていますが、祖先の霊をお祀りするお墓のことだと考えられます。

墓廟の読み方

墓の廟と書いてぼびょうと読みます。辞書などに正式な記載はないですが、ぼびょうと呼ばれることが多いです。お墓であって、先祖の霊を祀る祠のある場所というのが、文字から伝わってきます。

墓と廟の違い

墓と廟の違いですが、廟は御霊屋と祠なので建物であることが条件になりますが、墓は建物である必要がありません。お墓は建物や霊を祀ることも必要な条件ではないですが、廟は霊をお祀りする施設になります。

一度は行ってみたい墓廟や墓地の観光地10箇所

世界中にはたくさんのお墓や墓地、墓廟とよばれている所がたくさんあります。中には世界遺産に登録されている墓廟もあり、名もない庶民から偉大な権力を誇った皇帝までの墓所があります。

墓廟は簡素なものから豪華なものまであり、多種多様ですが、お祀りする気持ちは過去も現代も変わりはありません。一度は行ってみたい墓廟や墓地の観光地1などを下記にて紹介します。

1:タージマハル

墓廟や墓地の観光地10|墓廟タージマハルの豆知識4つ
インドの観光地で有名なのが、タージ・マハルで観光客は必ずと言っていいほど訪れます。世界遺産名には墓所や霊廟、墓廟などの表記はないのですが、ムガル帝国第5代皇帝のシャー・ジャハーンが、愛妻ムムターズ・マハルの死を悼んで1654年に建てられました。

皇帝は最愛の妻が亡くなった哀しみと寂しさを紛らわすかのように、墓廟の建設に没頭したと伝わっています。タージ・マハルは廟建築の最高峰といわれています。

2:ピラミッド

墓廟や墓地の観光地10|墓廟タージマハルの豆知識4つ
エジプトのギザに建てられたのが、クフ王、カフラー王、メンカウラー王の墳墓、3つのピラミッドからなる古代エジプト王朝のピラミッド群です。正式な建築年は明らかになっていませんが、今から約4,500年前に建てられたといわれています。

当時どのようにして巨大なピラミッドを建てたのか今でも七不思議のひとつになっています。ピラミットの付近は、メンフィスとその墓地遺跡の一部ととして世界遺産に登録されています。

3:古墳

墓廟や墓地の観光地10|墓廟タージマハルの豆知識4つ
大阪府堺市にある大仙陵古墳(仁徳天皇陵)は、世界一大きいお墓になります。実際はお墓かどうかは明らかにされておらず、宮内庁は仁徳天皇のものだとされています。古墳の大きさは、古墳の最大長840m、最大幅654m、壕を入れた面積は46万平方mあります。

前方後円墳の形をしており、造られたのが5世紀前半から5世紀中頃といわれています。当時の技術を考えると、完成までに15年はかかったと考えられています。

4:デリーのフマユーン廟

墓廟や墓地の観光地10|墓廟タージマハルの豆知識4つ
有名なタージマハルを一回り小さくしたような建物で、左右のつり合いが取れたシンメトリーがとても綺麗なイスラム建築です。タージマハルの原型になったといわれ、内部は大小のアーチが形取られています。

フマユーン廟は、タージマハルより少し早く1565年に完成しており、ムガル帝国代2代皇帝フマユーン帝の妻が、急に亡くなった皇帝のために建てられました。インドの霊廟建築は始まりとなり、世界遺産に登録されています。

5:始皇帝陵

墓廟や墓地の観光地10|墓廟タージマハルの豆知識4つ
中国西安郊外に、紀元前3世紀に中国初の統一国家を築いた秦の始皇帝陵があり、現在でも発掘が完了していない世界でも最大級といわれる陵墓です。

地下から発掘された兵馬俑は有名でその数は8000体あり、等身大の兵士や軍馬をかたどった陶製の像などは、今でも皇帝を守るかのように並んでいます。出土品は兵馬俑博物館に纏めて展示されています。陵墓の巨大さは歩くと実感できるといわれています。

6:ネムルト山の巨大墳墓

紀元前3世紀初めに栄えたコンマゲネ王国が築いた墓所が、トルコの南東部、標高2150mのネムルト山頂にあります。ネムルト山は、神々の通る道とされた聖なる山といわれ、歴代の王がここに埋葬されたのは、死んだ後、神格化させるためだといわれています。

墓所を守ってたとされる神々の像の東部が転がっている所は、ギリシャとオリエントの文化と融合しているとして世界遺産に登録されています。

7:サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂

スペイン北西部のガリシア州にサンティアゴ デ コンポステーラがあります。この街は、サンティアゴ巡礼路の最終地点で、聖書にでてくる使途聖ヤコブの墓があるといわれています。

聖ヤコブのお墓は、旧市街地の中世の城跡に囲まれた1211年に建てられたサンティアゴ デ コンポステーラ大聖堂の中に安置されています。地下礼拝堂には、聖ヤコブの銀の棺が安置され、中にヤコブの遺骸があるので巡礼者が絶えない場所になっています。

8:アスキアの墓

この辺り一帯の伝統的な泥の建造物群、ピラミッドのような形の墓や二つのモスク、墓地、墓廟などが含まれています。

ピラミッド状のお墓は、高さ17mあり、植民地以前のものとしては、最大といわれています。お墓ができたと同時にこの地方に広がった、イスラーム建築様式を取り入れた最初の建築物になります。

9:カスビのブガンダ歴代国王の墓

ウガンダの首都カンパラ近郊のカスビの丘に、ブガンダ歴代国王の墓があります。敷地面積は約300㎞あり、13~20世紀に栄えたウガンダ王国の19世紀以降の4人の王様が葬られています。

木やヨシ、泥壁などで造られた円錐形の墓で、歴史的価値のある貴重な文化的象徴とされています。

10: オルジェイトゥ廟

墓廟や墓地の観光地10|墓廟タージマハルの豆知識4つ
イランのザンジャーン州に世界遺産に登録されているソルターニーエの中に、オルジェイトゥ廟があります。高さ約50m、直径約38m、3階建てのイルハン朝の第8代君主の墓廟です。

墓廟の特徴は、ターコイズブルーのタイルで覆われたドームで、8基のミナレットと二重構造のドームになります。ドーム部分以外の外装や、ミナレットはほとんど失われていますが、当時の墓廟はとても美しく素晴らしかったことが伺うことができます。

中央ヨーロッパの墓事情がわかる

中央ヨーロッパには、数々は有名は人物や一族の墓廟はどこにあるのか。モーツァルトやエリーザベトの眠るハプスブルク王家の墓廟など、プラハの旧ユダヤ人墓地、ベドルジハ・スメタナが眠るチェコの国民墓地など、時代によって墓地の在り方や芸術家のお墓に関するエピソードなど紹介さいれています。

世界一美しい墓廟タージマハルの豆知識4つ

墓廟や墓地の観光地10|墓廟タージマハルの豆知識4つ
ムガル帝国第5代シャー・ジャハーンが、1631年に亡くなった王妃ムムターズ・マハルのために建設した総大理石の墓廟になります。タージ・マハルがあるのは、首都デリーから電車で2~4時間ほどの距離にあるアグラという街にあります。

この墓廟にまつわる愛の物語は有名です。美しいとタージ・マハルの美しい、白亜の建物の豆知識を紹介します。

1:タージマハルは王妃の墓

1631年6月7日、ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンは、他国と戦いの中、皇妃のムムターズ・マハルが出産間近と同時に危篤の報告をうけて、皇妃の元へ駆けつけました。子供を出産しましたが、皇妃はその直後、亡くなりました。

亡くなる前に、2つのお願いを皇帝にします。1つ、自分以外の女性を妻に迎えないこと。2つ、自分のために、自分の名前が後世まで残るような立派なお墓を作ること。事実は不明ですが伝説です。

2:完璧な左右対称

この墓廟の最大の特徴は、シンメトリーになるように左右対称です。正面にある墓廟堂の四隅に建てられた尖塔は、どこから見てもシンメトリーになっています。

墓廟堂の庭園にある水路に、映し出された姿はとても美しいです。シンメトリーに拘る理由は、幾何学的な対称性はイスラム教が理想とした形式美、秩序の表れとされています。

3:本物の墓は地下にある

墓廟の地下に皇帝と皇妃のお墓があり、並んで眠っています。元はムムターズだけが眠っていましたが、シャー・ジャハーンが亡くなるとタージ・マハルに埋葬されました。

この墓廟の中でシンメトリーが崩れている所が、地下に眠っている2人の棺です。シャー・ジャハーンの方が大きく、また無造作にムムターズの棺が置かれていたので、シンメトリーが崩れています。

4:どのように建築されたのか

ムガル王朝では、墓は庭園の中にあるべきと考えられており、この場所に建設すれば建物の姿が、川面に映るとシンメトリーの視覚効果が得られると計算されました。設計には、イスラム世界から名前の知れた建築家や工芸家、職人はペルシャやアラブ、ヨーロッパから約2万人が集められ建設が始まりました。

タージ・マハルの完成には、22年の歳月と国が傾くほどの莫大な費用を費やして1653年に完成しました。

墓廟とは死者を祀る宗教的建築のこと

インドのイスラーム建築の内部の空間や中庭を重視するモスクよりも、外観を重視する彫刻的建築として墓廟が発展しています。厳格な宗教的統治が敷かれ、最盛期のムガル朝の墓廟の建築には、屋根がない代わりに、水辺まで行ける石造りの階段がつくられたり、神様を祀る小さな祠などをあわせて設置します。

イスラームでは、墓廟は死者を祀るとされているので、墓廟は宗教的建築物だと考えられます。

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